やわく、制服で隠して。
体育館に入ったら、二年生と三年生、先生達で体育館の後ろ半分は、既に埋まっていた。

一年生はそれぞれのクラスごとに充てられた枠内に行って、今朝登校した時に机の上に置かれていた番号札と同じ番号が充てられたパイプ椅子に座るようになっている。

「じゃあね。」

深春が私に手を振って、自分の番号のパイプ椅子のほうへ行ってしまった。

多分、この椅子の並び順も教室と同じ。名前順になっている。

そう言えば、私はまだ深春の名字を知らない。
深春のパイプ椅子は、私よりも後ろ。
クラスの中で、ちょうど半分くらいの位置だ。

体育館の前半分が新入生でいっぱいになっても、ザワザワと騒がしかった体育館がシンと静まり返っても、いつどんな場所で聞いたって退屈な校長の長いスピーチも、入学式の記憶は私の中にはほとんど残らなかった。

まるでおまじない、まるで呪いにかかったみたいに私の脳内は深春で埋め尽くされてしまった。

こんな風になるのは初めてだった。
中学でツルんでいた友達や彼氏にだって、他人のことが頭から離れなくなるくらい気になるなんてことは無かった。

ほんの少し言葉を交わしただけなのに。
ほんの、少し。

ほんの少し触れられた頬。
深春の存在を、私の中に深く根付かせるのに、深春のほんの少しの熱は十分過ぎた。

もう残っていないはずの深春の指先の温度が、私の頬の上でちりちりと未だに熱を持つ。

その感触を忘れたくなくて、自分で自分の頬に触れることにも躊躇してしまう。

深春に触れてみたい。
深春がそうしたように。簡単に。

あのツヤツヤのロングヘアに。
透けるような白い肌に。
挑発しているかのような、紅いくちびるに。

そう思った瞬間に、トク、と胸の奥が揺れる感覚がした。

自分がおかしくなってしまったみたいで、たとえ一瞬血迷ってしまったのだとしても、そう思ってしまった自分が怖くなった。
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