椅子こん!




 しばらく黙々と部屋を片付けていると、
玄関の方でチャイムが鳴った。窓からそっと覗くと郵便局員がポストに何か、入れて遠ざかっていく。
外に出てポストを開けると少し厚みのある封筒が入っていた。
「──なんだろ?」

 44街からのお知らせ。恋人届けを提出されていない方にお配りしています。
恋人届けを提出すれば恋人割引や保険料などさまざまなサービスが受けられます。
【人間のパートナー】を連れて役場まで、下記の書類を届けてください。
動物、椅子、文房具、人形などはNGです。



 読み進めていくと、恋人届けの催促の手紙だった。人間の、を強調してある。
あのとき笑っていたのは受付だけじゃない。44街の民は、人間を相手にしない者を嘲笑していたし、人間を押し付けるクラスターが発生した。

「うわああああああああああああああああ!!!!!」

呼吸が乱れる。手紙を破り捨ててしまいそうだった。入国許可にも使う書類らしい。家を爆破されたり処刑されるのは嫌、だけど──
「恋人届けくらいでなんだよ、北国に行くんだろ? 椅子が嫌なら適当な人間を書いたりさ」
アサヒが励ましの言葉をくれるが、私はそれどころじゃなかった。
「そんなの絶対嫌だぁっ!!」

なんで、相手が人間じゃないって言っちゃだめなのだろう。クラスターは『まるで何事もなかったかのように』椅子さんのことをスルーした。そして、笑いながら、人間の相手を押し付けて、私も椅子さんも、私と椅子さんの想いも大勢で馬鹿にした。
視界に椅子さんがないかのように扱った。
およそ信じられないような、その光景は、ただただ現実で、私に深い傷を残した。

──信じられるだろうか。
恋愛素晴らしさを語る街が。
恋愛総合化を目指す学会に支配される街が。
その恋愛の素晴らしさに支配される44街の人が。
椅子と人間の恋人が居ると皆で笑い者にする。どんな想いも祝福する、ではなく結局は相手を見定めていたなんて。
「私、椅子のことしか……見てないのに」

 紙をよく読むと、相手が決まらない方向けのスキドウシシステム、による相性診断もしているとのことだった。
私、椅子さん、って名前まで書いたよね。
それを無視しているってどういう事?

「提出した! 私、ちゃんと提出したのに! なにそれ、私の好みにまで口を出す権利があるの!?」

 44街の人たちだって! 私は、街の人以下!?今まで話しかけもしてこないでせつに関わっていただけの街の人まで、
私が、初めて椅子を好きになっても祝福すらしないで、皆で笑い者にするんだ。

アサヒがちらりと封筒に目をやりながら苦笑した。
 「嘘をつけば済むだろ? 」

私はむきになって声を張り上げる。

「済まない! それに私、初めて、椅子を好きになったんだよ……ワクワクしながら、椅子さんのことを書いた……!
椅子さん以外を書いてなかったことにしたくないよ!」

 気が動転していたが、アサヒが倒れた棚を設置しなおすといって抱えたので私も手伝う。
改めて見るとだいぶん部屋が 片付いてきた。
それは、きっと、良いことだった。
 設置しなおした棚に、手作業でコップや、皿が棚に戻していく。

(コップ、かぁ……)
スライムとの会話が、脳裏に焼き付いて離れない。

 私が、コップのことが好きだったときも、私はコップを手に持ってさえいればカップルに見えているはず。と信じていた。
それだけ『スライムではなくて』コップのことが好きだった。
だから、信じていた。

 だけど──スライムの視界には、私単体しか見えてなかったせいで勘違いさせた。
(スライムの友達、悲しんだだろうな……
私一人のために暴れるなんて。
スライムの友達と仲良くなっておけば、スライムが私に執着する前に止められたのかもしれない。ごめんね、スライム、スライムの友達)


ん?
 そういえば、さっきから二人で片付けているのみで、女の子の声が聞こえない。
あの子はどうしているかな……
部屋を覗こうとしたそのときだった。
ドシン、と床に今まで感じたことのない揺れと衝撃が走った。

「なんだ?」

しばらくだまったままでいたアサヒも辺りを見渡す。そして窓を覗きにいく。私はその背中を見ながらも女の子の様子を────女の子も、窓を見ている。

「どうしたの?」

 私も窓を見る。窓の外に居たのは巨大な人型のロボットだった。
魚の形になって分散しているクリスタルとロボットが戦っている。
「やめて!!」
思わず叫んだ。

「お姉ちゃん……?」

女の子が怪訝そうにする。

「やめて!! 椅子さんを傷付けないで!」

 玄関に回り、靴を履いて飛び出す。
奇妙な感覚。理屈ではなく体が動いていた。まるで恋みたいだ。
「外出するなら、俺も自宅に帰ってきたいんだが」
アサヒが言う。
「着替えとか、荷物を持ってかなきゃならん……看病とかでしばらく世話になっていたが」
「え。だけどアサヒ、探されてるでしょ?コリゴリも来たし、大丈夫?」

「うまく逃げるつもりだけど、わからん」
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