椅子こん!
「自分は好かれて当たり前だ」
みんな、心のどこかで思っていると思う。
好かれて当たり前だから、相手も好きになる。そうやって、続いてきたんだ。
どうして──どうしてそこにいるの……
あなたは、昔の私と同じ、犬を殺して喜んだ仲じゃない!
人間に、愛や恋があるわけがない、そうでしょう?
早朝から、呼び出された公民館の前に訪れた私は、あのときの金髪の少女に詰め寄られていた。
かつてのクラスメート。
今は宿敵のような立場である。
恋愛総合化学会にいる私を、彼女は快く思っていない。
それは、知っていたが、私には私の理由がある。
「学生時代は確かに、恋愛なんて、ふわふわした幻想が本当にあるのかを探すために殺していた。
人を好きになる才能のない私たちはクラスでも浮いていたけれど、それは間違ってないと本気で信じていた! それは、今も変わらない」
彼女もそう。ただ二人して現実が見えすぎているだけなんだ。と、思っていた。
浮いていたクラスでも苦ではなかったのは、恋というものに懐疑的な人が自分以外にも居たためだ。
だって、変じゃないか。
恋愛ドラマだって、ただ人が駆け回るシーンや生活の様子を流すだけにすぎない。
──結局は、どれが恋という幻想自体なのかはまるでわからないし、これです、と注釈がつくわけでもないのだ。
才能があれば、解るのだろうか?
そんな、ありもしない、見えもしない、あまりにも不安定で具体性の無い物のために、浮気だ不倫だなんだ騒ぐ社会が、気持ち悪い。
まず証明してみせてから、言えと。あるのか?
どこにある?
恋はどんな物質でどんな見た目でどういう存在なんだ?
国民に示してみろ。
これが恋ですって。
できもしないくせに。
なぜ、みんな洗脳されてるんだろう。
「万本屋は、言ってたよね? 人を好きになれるのは才能だって!」
──彼女、は『私』に鋭い言葉を浴びせる。
取り締まりをする私。志が同じな恋愛総合化学会でも、やはり違反者や犯罪者は生まれるわけであり、それが、デモをしているかつての同級生ということだってあり得た。
「──ねぇ、どうして変わってしまったの? あなたの口から他人を慕う言葉なんて聞きたくなかった」
過去の彼女と私が同じなら、誰にも靡かず、誰の声も聞きたくないはず!
まさしく、その通りだった。けれど、私に言い返すことは出来ず、ただ苦笑いした。
「聞きたくも、存在を感じたくもない、叩き潰してしまいたいの、わかるはずだよ」
「それは、悪口だぞ。名誉毀損だ」
私はひとこと、絞り出した声で言い返す。
「悪口? 悪口じゃないよね? 好かれるような甘ったるい言葉より、罵倒や辛辣な言葉の方がずっと私たちらしいって、いつも……」
「うるさいな! 悪口なんだよ! 酷いことを言うんじゃない!」
わかっている。
軽口、でしかないようなものだ。これまで彼女が言うのなら、私にとっては何一つ悪口に当たらなかった。
愛や恋、実在するかもわからないものよりも悪口の方がずっと素晴らしい。
「私の知るあんたは、少しの軽口を、高みから名誉毀損だと批難するような他人行儀ではなかったと思う」
そう。本当に仲が良いのなら、本当に仲があるのならば、名誉毀損なんて言葉が出るはずがない。
しかし──今は状況が少し違う。
正直に言ってしまうのが恥ずかしい。
見栄を、張ったんだ。
才能がある人のふりをしたくて、恋愛総合化学会は、恋愛宗教をするやつらの集まり。だから。才能がある自分に生まれ変わりたかった私は、朱に交わろうとした。
才能がある気分になれば、本当に恋が見つかるかもしれない。
「──恋愛総合化学会は、恋愛を研究する機関の中枢。
内部にいれば、44街がやろうとしている恋愛、という宗教の秘密を暴けると思ったの。あなたたちの、やっている、スキダ狩り──それに利用している粉、あれが恋を引き起こすのならそれがあんな違法な形で知られたら…………」
私は大人びた口調で諭す。
塀の向こうの公民館では、今日も「話を聞く」、という建前のめぐめぐの取り調べが続いている。
カグヤという子は、祖母が倒れたので病院に付き添うらしく、今この場にいるのは彼女だけだ。
「けどっ、スキダを狩れば、告白が始まらない。告白が始まらないなら、恋愛は始まらないんだ、他に方法があるっていうのか?」
着ていたスーツの裾が、強風に煽られる。
冷たい風が全身に吹き付け、薄いシャツを通して肌に染みた。
「……恋愛が、始まらないと総合化出来ない。総合化して、恋愛というシステムを平等に享受しさえすれば、やがてこんな苦しい世界はなくなる! 蔑んだ目を向けられ、犬を殺さなくていいんだ!」
彼女は、くっ、と唇を噛み締めた。
恋愛がシステムとして機能すれば少子化対策にもなるし、人を好きになれない才能に苦しむ人も居なくなる。望まない見合いなんて単語は消え、みんなシステムを平等に享受した幸福を得るかもしれない。
私はただ、恋愛なんてありもしない幻想を、より科学的に解明するかもしれない、その瞬間を見届ける場に立ち会いたい。
「でも──このまま突き合う人たちを、見てろっていうの!?
告白を見てろっていうの!?
めぐめぐだって、観察してまで恋愛をさせたいってこと? 恋愛総合化学会はそれで得た幸せでいいのか、万本屋は、それで!!」
公民館の裏側のドアが開く気配がした。
私たちは慌ててそちらを見る。
どこかに移動するらしい。
「──留置所かなんかか?」
彼女が不思議そうに言う。いや、違う。
「恐らく──市庁舎だ」
「市庁舎! なぜ! 姉貴がなぜ市庁舎なんかに」
「悪いが今それを説明することはできないけれど、乗って!」
万本屋は、近くに止めていた車を指差す。
彼女はぽかんと車を見た。
「私も市庁舎に行く。行くなら早く」
「──どうして……」
「単に、目的地が同じなだけだよ」