椅子こん!
北国に行こう!
まるで、対物性愛者は過去の自分のようだね!
「よしっ────」
家の窓をちょっと開けたわたしは、気合いを入れてスキダを庭に発現させた。椅子さんがどこに行ったかわからない今、次にやることは北国に向かう準備。
けれどまずは朝ごはん。用意が整うまでは部屋を片付けつつ休んでいる。その合間に、庭に置いた小さな車を、力で少しずつ巨大化させていく。
わたしはこの子が好きだ。
────わたしがずっと好きなもの。
このおもちゃの車。保育園のとき、好きな相手はいないのかと周りに聞かれてあれ、と指差した車。
それは、家がまだ、爆破されていなかった頃、家族でやったクリスマス会のときのお菓子のおまけについていた小さなものだけれど、友だちがあまり居なかったわたしはそれからずっとポケットや鞄にいれて持ち歩いている。
ヒーローになりたい、が将来のゆめ、で許される保育園ということもあって、さいわいにもわたしの想いは許された。
そのときにわたしは、初めて他人から認められた、と思った。
人間でなければ、発作を起こさないという先生たちの同情もあったかもしれないけど──
それでも本気で、何を好きになっても、誰を好きになっても、誰かが認めてくれるんだ、と。
たとえその相手の性別がどうでも、
たとえその相手が人間じゃなくても、誰かが認めてくれるんだと、そう確かに思った。
家に帰ると「嫌い」を言うだけでこっぴどく叱られ、好きというまでは家に入れないと閉め出されるようなパパが居る。
けれど保育園で恋人を周囲に認められてからは辛くなかった。
嫌い、を言わない生活の悲鳴の捌け口のように、わたしはその車のおもちゃのことが性的に好きになっていった。嫌いを言えないけれど嫌いな相手がそこに在る生活から目をそらして抜け出し、車のおもちゃとごはんを食べたりお風呂に入ったりする。
そのことに、何ら、おかしいことはなくて────
だけれど。ちょっと前に聞いた話だとお姉ちゃんが役場から恋人届けを突っぱねられて帰ってきたらしい。
人間ではないから。ただ拒否するだけじゃない、アサヒから聞いた話だとまるでバカにしたようだったという。
胸の奥に、過去の自分を否定されるような痛みが走る。
あれはきっと過去の自分の姿なのだ。
「椅子さん──椅子さん。お姉ちゃんが、待ってるよ」
車を庭から走らせる。椅子さんがどこかに居れば見つけられるかもしれない。スキダは少しずつ走行してわたしの目の前から遠くに向かっていく。
「車さん。つかれたり、なにかあったら帰ってきてね」
朝ごはん、もうすぐかな……
お姉ちゃんのため、それにわたしのために、わたしは頑張るんだ。
朝ごはん、を食べながら、アサヒが北国にいく計画の話をしていた。
「まず、荷物は纏めておけよ。旅先であまり高価なものは身につけない方が良い」
「はーい」
ポタージュを啜りながら首肯く。家が爆破されたからほとんど持ち物などないけれど。
お姉ちゃんは旅行なんて初めて、なんだかドキドキするとはしゃいでいる。
「あなたの服、とりあえずは私が子どもの頃のとか、小さくて着られなかったのとかで良いかな?」
聞かれて、首肯く。
そうだ、服……なにからなにまで世話になっている。
「そういえばあの子、居ないのか……?」
アサヒはふと周りをキョロキョロうかがった。
「ちょっと、食事中だよ! ……でも、そうだね、おはなししてみないと。この間は居たけどなぁ。眠っているのかもしれない」
お姉ちゃんはちょっと機嫌が良さそうだ。
「嬉しいこと、あった?」
「うん。キムも眠っていることだし、今、本当に普通の家にすんでるみたいで!」
誰にも関わられず観察されずに過ごしてみたかったという夢を叶えるのは難しい。けれど、彼女は今、新たな夢を叶えた。
普通に過ごすという難しい夢。
「これで、椅子さんがいれば、更に良いのになぁ……」
椅子さんはどこに行ったのだろう。体調は良くなって居そうだったけれど、そもそもどこから来たのかも定かじゃない。
「まあ、でも椅子さんも立派な成人
だからね、一人で出掛けたいときも……あるの、かな」
お姉ちゃんはちょっと寂しげにジャムを塗ったパンをくわえる。
「なぁ」
アサヒはコーヒーを啜りながら率直に聞いた。
「クロってのは、なんだ?」
「……そ、そんな話、したかな?」
お姉ちゃんが慌てる。目をそらした。
「身分証明書でクロにばれるから病院に行かないって、お前が、言ったんだ。だが旅行には入国許可証が必要になる。身分証明書がないと発行してもらえないんだよ」
「……だけど」
代理をたてられて、そして何かあっても私の代理が病院に行く、それがせつのことだとしたら。
「──クロはお前の痕跡すべてを、身分証明書レベルで、社会すべてから無くしたいと言ってたな。届けも出せない、外に出られない。身分証明も出来ないと。せつが戸籍屋と通じていると考えるのが自然だ」
何か不穏な動きがあったら戸籍情報を横流ししている連中。
──観察屋と繋がりがあることも知っている。
「要するに、クロっていうのは、戸籍屋なのか? なぜ、そんな企みがあると気付いていた? 戸籍屋のことを知って」
「まって、まって、質問がおおいよ……」
お姉ちゃんは苦笑いのようなものを浮かべながら答える。
「──見たことがあるからよ」
まるで、対物性愛者は過去の自分のようだね!
「よしっ────」
家の窓をちょっと開けたわたしは、気合いを入れてスキダを庭に発現させた。椅子さんがどこに行ったかわからない今、次にやることは北国に向かう準備。
けれどまずは朝ごはん。用意が整うまでは部屋を片付けつつ休んでいる。その合間に、庭に置いた小さな車を、力で少しずつ巨大化させていく。
わたしはこの子が好きだ。
────わたしがずっと好きなもの。
このおもちゃの車。保育園のとき、好きな相手はいないのかと周りに聞かれてあれ、と指差した車。
それは、家がまだ、爆破されていなかった頃、家族でやったクリスマス会のときのお菓子のおまけについていた小さなものだけれど、友だちがあまり居なかったわたしはそれからずっとポケットや鞄にいれて持ち歩いている。
ヒーローになりたい、が将来のゆめ、で許される保育園ということもあって、さいわいにもわたしの想いは許された。
そのときにわたしは、初めて他人から認められた、と思った。
人間でなければ、発作を起こさないという先生たちの同情もあったかもしれないけど──
それでも本気で、何を好きになっても、誰を好きになっても、誰かが認めてくれるんだ、と。
たとえその相手の性別がどうでも、
たとえその相手が人間じゃなくても、誰かが認めてくれるんだと、そう確かに思った。
家に帰ると「嫌い」を言うだけでこっぴどく叱られ、好きというまでは家に入れないと閉め出されるようなパパが居る。
けれど保育園で恋人を周囲に認められてからは辛くなかった。
嫌い、を言わない生活の悲鳴の捌け口のように、わたしはその車のおもちゃのことが性的に好きになっていった。嫌いを言えないけれど嫌いな相手がそこに在る生活から目をそらして抜け出し、車のおもちゃとごはんを食べたりお風呂に入ったりする。
そのことに、何ら、おかしいことはなくて────
だけれど。ちょっと前に聞いた話だとお姉ちゃんが役場から恋人届けを突っぱねられて帰ってきたらしい。
人間ではないから。ただ拒否するだけじゃない、アサヒから聞いた話だとまるでバカにしたようだったという。
胸の奥に、過去の自分を否定されるような痛みが走る。
あれはきっと過去の自分の姿なのだ。
「椅子さん──椅子さん。お姉ちゃんが、待ってるよ」
車を庭から走らせる。椅子さんがどこかに居れば見つけられるかもしれない。スキダは少しずつ走行してわたしの目の前から遠くに向かっていく。
「車さん。つかれたり、なにかあったら帰ってきてね」
朝ごはん、もうすぐかな……
お姉ちゃんのため、それにわたしのために、わたしは頑張るんだ。
朝ごはん、を食べながら、アサヒが北国にいく計画の話をしていた。
「まず、荷物は纏めておけよ。旅先であまり高価なものは身につけない方が良い」
「はーい」
ポタージュを啜りながら首肯く。家が爆破されたからほとんど持ち物などないけれど。
お姉ちゃんは旅行なんて初めて、なんだかドキドキするとはしゃいでいる。
「あなたの服、とりあえずは私が子どもの頃のとか、小さくて着られなかったのとかで良いかな?」
聞かれて、首肯く。
そうだ、服……なにからなにまで世話になっている。
「そういえばあの子、居ないのか……?」
アサヒはふと周りをキョロキョロうかがった。
「ちょっと、食事中だよ! ……でも、そうだね、おはなししてみないと。この間は居たけどなぁ。眠っているのかもしれない」
お姉ちゃんはちょっと機嫌が良さそうだ。
「嬉しいこと、あった?」
「うん。キムも眠っていることだし、今、本当に普通の家にすんでるみたいで!」
誰にも関わられず観察されずに過ごしてみたかったという夢を叶えるのは難しい。けれど、彼女は今、新たな夢を叶えた。
普通に過ごすという難しい夢。
「これで、椅子さんがいれば、更に良いのになぁ……」
椅子さんはどこに行ったのだろう。体調は良くなって居そうだったけれど、そもそもどこから来たのかも定かじゃない。
「まあ、でも椅子さんも立派な成人
だからね、一人で出掛けたいときも……あるの、かな」
お姉ちゃんはちょっと寂しげにジャムを塗ったパンをくわえる。
「なぁ」
アサヒはコーヒーを啜りながら率直に聞いた。
「クロってのは、なんだ?」
「……そ、そんな話、したかな?」
お姉ちゃんが慌てる。目をそらした。
「身分証明書でクロにばれるから病院に行かないって、お前が、言ったんだ。だが旅行には入国許可証が必要になる。身分証明書がないと発行してもらえないんだよ」
「……だけど」
代理をたてられて、そして何かあっても私の代理が病院に行く、それがせつのことだとしたら。
「──クロはお前の痕跡すべてを、身分証明書レベルで、社会すべてから無くしたいと言ってたな。届けも出せない、外に出られない。身分証明も出来ないと。せつが戸籍屋と通じていると考えるのが自然だ」
何か不穏な動きがあったら戸籍情報を横流ししている連中。
──観察屋と繋がりがあることも知っている。
「要するに、クロっていうのは、戸籍屋なのか? なぜ、そんな企みがあると気付いていた? 戸籍屋のことを知って」
「まって、まって、質問がおおいよ……」
お姉ちゃんは苦笑いのようなものを浮かべながら答える。
「──見たことがあるからよ」