椅子こん!



大樹と市長




「……よく来てくれましたね」

 某日、明け方。
市庁舎に来客があった。明かりのついていない市庁舎の一室は、明け方なだけあり、大きく開かれた窓からの日光だけで充分に明るい。
 その一室、大きなデスクの置かれた部屋の中央にいる市長は、その魚顔からのぞくギザ歯を見せがらニヤリと笑って来客を出迎える。
この頭が魚の存在こそ、44街を治める今の長である。
「前の(さきの)大戦の後、あなたがまさか生きているとは、思いもよりませんでしたが……、ねぇ、大樹さん」

目の前に居る椅子は、軽く頷きながら地面に降り立つ。此処までは空を飛行して来ている。

──なんのために、個人情報を集めた。

「おや、いきなり本題ですか、そう気が急いていては、冷静な取引が出来ませんよ」

──やはり金か。姫が邪魔だという連中に、悪魔として売り渡してまで得た地位なのだろう。

「ウフフフ、それをお答えするとどんないい事があるかしら?」


椅子は光輝いた。手足から触手を生やし、市長の魚頭目掛けていく。
 市長は魚頭に触手をからめられつつも、手元の時計を見て録画したかな、などと呟いている。
「ヒーリングお嬢様、みました? インコ教団地とか……今日の朝からスタートなんです」

──御託はいいんだよ。
私はここで市長とのんびり語る気はない。


 かつて市長と同世代──超恋愛世代の起こした大戦は、人々の著しい精神汚染を招いた。
 癒しを求めてパワースポットに集まった彼らはさらなる土地の汚染を広げ、自分たちの私利私欲で争い合う。
 やがて、人間の薄汚い欲にまみれた土地は大樹が根付く場所をも汚染した。

「まぁ、そう言わないで。
もう、どこにも精神汚染を受けないで生存している大樹はないと、そう言われていたのに……あなたは面白い。旧友にあったかのようで……あぁ! なんとも懐かしい……どうやって、今のようになったの?」

──戦後、確かに人間の身勝手な癒しを求める欲の汚染により、毒素を排出するだけとなった私は、伐採されることになった。 だが、そんな私を唯一、椅子に生まれ変わらせた者が居た。
それだけだよ。

欲にまみれた、癒されたい、逃げ込みたいと各地を荒らしては何も還元しない人間たちのなかで、その者の感情は椅子には新しく、また、自身が汚染から守られ癒やされるのを感じた。


「んー、気になる……木だけにね」

──……。

「あなたの目的は、私が『悪魔』を売り渡すことを容認しているか調べること?」

──いや、それはすでにわかっていることだ。
44街付近の市民データベースへのアクセスには市長の許可が居るものもある。
悪魔、に接触禁止のお触れを出す役目もスーパーシティ条例の裏に盛り込まれていた。

「…………鋭い、椅子ね。素敵よ」

──超恋愛世代の生き残りである市長が、ようやく大戦による精神汚染がまだ浸透していない、新世代を監視するとはね。

「こっちにもいろいろあるの。ねぇ、私がしていることに気付いてるのだとしたら、あなたは」

──辞めさせに来たに決まっている。


 椅子が触手を市長の首にからめ、少しずつ微妙な力加減で締め上げる。
怯えを感じた市長は叫んだ。

「強制恋愛条例──だって……だって私は! 魚頭ナンダモォン!!!!!魚頭を受け入れてくれる人なんか居ないモォン!!! アアアアアアーー!! 好きぃ!!! 好きぃーー!」


────これは……


「夢で、デートする夢を見るの!! 目があった人全員が、市長をオオオオ!!!
イヤアアアア!!! 沸いてくるのぉ! 人間は沸いてくるのぉ!」


──……

市長は髪を振り乱して叫ぶ。
そのとき、ドアがノックされ、秘書の嘉多山が入って来る。

「市長、学会からお電話です」
椅子は慌ててデスクの影に隠れ、市長ははっとしたようにそちらに向かった。

「接触禁止令の許可を? しかし、面談しないことには……はい、ええ、はい、わかりました」



部屋の奥から、市長の通話する声が聞こえる。椅子は、精神汚染が広がるのが嫌だった。
(めぐめぐを閉じ込めたりすれば、またしても彷徨うスキダの数が増えてしまう……

しかしそれにしても、驚いた。
まさかあそこまで体がスキダに一体化した人間が居るなんて。頭まで魚そのものの形に変わるにはよほどスキダを自分自身に取り込み、理性で制御できない程に肉体ごと書きかわったとしか考えられない。
目があった人全員が市長のものという妄想を抱えるほどに肥大化した。もはや現実の区別がついていないのだろう。
────────────



 椅子がひとまず、市庁舎の市長室から様子を伺っていると本当にめぐめぐと誰かが建物内部に入って来たような賑やかな声が廊下から聞こえ始めた。
此処ではなく会議用の部屋のひとつで話すらしい。
「貴方の家にはウォール作戦のときに非常にお世話になりました」

 そーっと廊下に出て聞き耳を立てる椅子に、市長の挨拶が聞こえてくる。
ウォール作戦は知っている。
総合化学会や一部の権力者が失敗『させた』作戦だ。

「残念ながら、大樹を伐採し直接街に用いても、なんの効果も得られなかったことは悔やまれますが……あのときは助かりました」
「壁ごときでは、人類が大樹の防壁の内部に立ち入るくらい出来たこと。元から守れなかったのよ」

 誰かが、話し合っている。椅子は黙ったまま触手を伸ばして輝かせた。クリスタルが空に舞う。



 ウォール作戦、と呼ばれたのは
超恋愛時代の大戦中、キムから逃げる人類が、汚染されていない場所に根付いた大樹を囲む壁を破壊するものだった。
 それは大樹のための防壁で、その近くにあった大樹の街ごとに精神汚染を食い止めるために築かれていた壁だったのだが、自分たちを恐れ、自分たちの進行を防ぐためのものであると思い上がった人間たちが破壊した。
プロの泥棒は防犯シールの貼られた家を狙う、なんて話があるが、壁がまさにその防犯シールだったのだ。

 総合化学会や一部の権力者が指示し、失敗『させた』作戦。その結果44街はどこにいっても、椅子にとってすっかり汚染された街だった。汚染だけではない、大樹にすがる人間が本当に恐れる悪魔であったキムも、喜んで食い物にする街。

 地獄のなか椅子に出来たのは、嵐の吹き荒れたあの日。まだ汚染されていない『壁に守られた』『孤独な』その場所に向かうことだけ。
──迫害され、嫌われる悪魔の子。
誰から嫌われることも厭わない精神は、誰からも汚染されない。


──笑わせる。

一体誰が、人類なんてちっぽけなもののためだけに、壁を築くというのだ?
人間は壁を己の身体のみで破るには相当な気力や体力が要る。通常、精神が汚染されている者はわざわざ壁を壊さない。
少なくとも精神汚染の足止めくらいはしていたのだ。


 それを、よくも思い上がったものだった。
(愚かな……)
 そう思ったときに椅子の足の一部は少しだけ黒くくすんだ。
あの家の外は、今もまだ格段に汚染が広がりやすいことを失念していた。

────……………………


 大樹と同じように、隔離するべきものにすら築いた壁を勝手に壊し外部と繋がりを強制的に持つ人間が増えた現代。

──わかってはいる。
この美しい輝きは、戦争で精神が麻痺した彼らには捉えることすら出来ない。
私は彼らにはただの木だと。




「めぐめぐは、あなたの名誉の道具!?」

と、考え事をしていたら、部屋に誰かが乱入した。

「あら! 万本屋さん!」

市長が驚きの声をあげる。

────さて……

椅子は考えた。悪魔の子、の例は極端だ。めぐめぐを閉じ込めても汚染の引き金にしかならない。
 椅子にもわかる。
もうどこにも、あの頃のような、壁、なんて無い。
ならば闘わなくてはいけない。
 キラキラしたクリスタルの粒子が、椅子の周りで輝く。
市庁舎の周りにクラスターを発生させるべく、それは大気を漂って外へ向かう。

2021030803:42
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