とある高校生の日常短編集
男女で態度が変わる系女子
「……ねぇ、ちょっと、話聞いてる?」
「は? 何?」
 教室の一角にて。どことなくギスギスした雰囲気の女子が二人。そのうち冷たい声で返事をしたのは、古野ゆか(ふるの ゆか)という女子。
「だから、今日の英語の授業で──」
「あー、分かった分かった。うっさいなぁ」
 まるで女子生徒を追い払うように、手でしっしと言う動作をする古野。直後……
「おはよう」
「あ、会長。おは──」
「あっ! か〜いちょ〜! おっはようございますぅ!」
悠貴が声をかけると、先に挨拶を返そうとした女子生徒を押しのけて、キャピキャピの声と態度で彼に挨拶をする古野。先に挨拶をしようとした女子生徒が、ドン引きしている。
「おはよう、古野さん」
「もぅ! ゆかには”ゆか”って名前があるんだから、名前で呼んで欲しいのに……」
両手で拳を作り、それを口の前で横並びにくっつける。典型的なぶりっ子ポーズの一つである。
「ああ、ごめんね。つい、苗字で呼んじゃう癖があって」
 一方の悠貴はさらりと古野のぶりっ子をかわし、「それじゃ」と言って自分の席へ向かっていった。そんな悠貴の背中を見送った古野は、何故か口元をつりあげた。
「おはよう……って、早いね、悠貴」
「あ、おはよう、すみれ。今日はちょっと早く起きちゃって」
 すみれが教室にはいるなり、悠貴を見つけて挨拶をする。そんな二人のやりとりを少し離れたところから見ていた古野の、先程までつりあがっていた口角が落ちた。
「何よ、あの女……」
 ぽつりと悔しそうに、古野が呟いた。



 英語の授業が終わって、休み時間に入った。女子生徒の一人が、古野を見て溜め息をついていた。
「どうしたの?」
「あ、南雲ちゃん」
 そんな女子生徒に声をかけたすみれ。女子生徒は1度すみれの方に振り向いた後、古野の方を見て話し出した。
「今朝、英語のノートの提出があるから、後で集めるねって言ったのに……一人だけ出てないんだよね……」
 女子生徒に言われて、すみれは「ふむ」と考え込んだ。そして、古野の席につかつかと歩み寄った。
「古野さん」
 すみれが声をかける。しかし、古野はスマホをいじるばかりで全く反応を示さない。
「古野さん?」
「……」
「聞こえてる? 古野さん」
 何度すみれが声をかけても、無反応の古野。すみれがどうしようかと考えた時、ふとすみれの隣から悠貴がやって来た。
「古野さん、すみれが呼んでるよ」
「え? あ、会長! どうしたんですかぁ?」
 今までのガン無視が嘘のように、キャピキャピした声で返事をする古野。悠貴は小さなため息をついた。
「さっきからずっと、すみれが何度も古野さんを呼んでるんだけど」
 悠貴が苦笑いで言うと、古野は「え?」とわざとらしい声をあげた。
「あっ、ごめんね、南雲さん!ゆか、スマホに夢中になると、周りの音が聞こえなくなっちゃって……」
「あー、いや……まぁ……えっと……そ、そっかぁ……」
 古野のキャラクターの変貌具合に、すみれは言葉を失いかけた。
「そ、それでね、古野さん。英語のノートを出して貰いたいんだけど」
 気持ちを切り替えて、本題を切り出すすみれ。すると、古野は「は?」とすみれに返した。
「え? 何それ、ゆか、聞いてないんだけど」
 先ほどのぶりっ子を少し残しつつ、どこか冷たい言葉ですみれに返す古野。
「え? 今朝、話があったよね? 今日の英語でノートを回収するって――」
「ゆか、そんなの知らないし聞いてない~!」
 すみれの話に、今度は駄々っ子のような態度を取る古野。すみれは溜め息をついた。
「でも、出していないのは古野さんだけなんだって。他の人が困っているから、出してもらいたいんだけど……」
「え~。聞いてないし~」
 取り付く島もない、とはこの事か。すみれの話をことごとく拒む古野。すると、見かねて悠貴が口を挟んだ。
「とりあえず、英語のノート、出して貰っても良いかな?」
 悠貴がそういうと、やっと古野は机の中に手を入れてノートを引っ張り出した。そして、それを何故か悠貴に渡す。
「はい、会長! これ、ゆかの英語のノート!」
「あ、ああ。ありがとう……」
 何故俺に渡すんだ……悠貴は心の中でそう思ったが、必死に愛想笑いを繕ってそのノートを受け取った。そして、すみれと一緒に例の女子生徒の所へ向かう。
「ごめんね、待たせちゃって」
「ううん。むしろありがとう、南雲ちゃん。助かったよ」
「そんなこと……っていうか、受け取ったのは悠貴の方だし……」
 すみれが女子生徒にそういうと、悠貴も気まずそうな顔で女子生徒にノートを差し出した。
「俺の方が聞きたいよ……何で先に話しかけたすみれじゃなくって、俺に渡してきたんだか……」
 はぁ、と、一番大きな溜め息をつく悠貴。すると、女子生徒が苦笑いした。
「古野さんって、男子には甘いっていうか、素直っていえば良いのかな……だから、私なんかが話しかけても、取り合って貰えなくて……」
 女子生徒はそういうと、肩を落とす。すみれは、そんな彼女の気持ちが今なら良く分かるな……と心から思った。
「あー……さっきも、すみれには全然ノートを渡そうとしなかったもんな……」
「あ、やっぱりね……」
 悠貴の言葉に、女子生徒が苦笑いをした。すみれはちらっと、スマホをいじっている古野を見た。



 体育の授業になった。男女とも体操服に着替えて体育館に向かう。
「それじゃ、男子はバスケの準備をすること。女子はバドミントンだからなー」
 体育教師の指示で、悠貴とすみれが体育館倉庫へ準備をしに向かう。
「今日、男子はバスケなんだ」
「ああ。女子はバドミントンだろ?」
「うん。バドミントンは力加減しやすいから、好きなんだよね」
 すみれと悠貴は、そんなお喋りをしながら必要な道具を揃える。
「それじゃ、俺はボールだけだから、お先に」
「うん」
 悠貴はそういって、バスケットボールの入ったカゴをコロコロと押して出て行った。すみれは、ラケットの入ったカゴととシャトルの入ったカゴを手に持って体育館倉庫を出た。
「あ、南雲ちゃん! 手伝うよ!」
「ありがとう」
 すると、クラスメイトの一人が手伝いに来た。クラスメイトは、すみれからラケットの入ったカゴを受け取る。
「あ、そっちは重いから……」
「大丈夫! 南雲ちゃんはシャトルをお願い」
 クラスメイトはそう言うと、先に歩き出す。すみれもその後を追って歩き出した。しかし、その途中――
「うわっ!?」
 自分の靴紐が途中でほどけてしまったようで、すみれは自分で自分の靴紐を踏んで転んでしまった。すると、手に持っていたシャトルがカゴから飛び出し、床一面にばらまかれた。
「いてて……」
「お姉様!? 大丈夫です!?」
「南雲さん! 大丈夫?!」
 そこに六花やクラスメイトが集まってくる。すみれは起き上がると、「大丈夫」と気丈に振る舞った。
「あ、いけない。それよりシャトルを――」
「なにこれ? 転んだの? マジ鈍くさいんだけど」
 「拾わないと」というすみれの台詞を遮った、古野の言葉。すみれが顔を上げると、古野は壁に寄りかかって腕を組み、すみれを見下ろしていた。
「あ、古野さん……」
「見ている余裕があるのであれば、シャトルを拾うのを手伝っていただけませんです?」
 唖然とするすみれに対し、六花が苛立ったように言い返す。すると、古野は鼻で笑った。
「なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ。転んだ張本人が、責任をもって全部拾えば良いじゃない」
 古野がにやっと笑いながら言う。すると、六花がくってかかろうとした。
「なんて――」
「六花」
 そんな六花を手で制するすみれ。六花は不服そうにすみれを見たが、彼女が無言で首を左右に振ったので、押し黙った。
「拾うの手伝うよ、南雲さん」
「うん、ありがとう」
 駆けつけたクラスメイトと、六花と一緒に散らばったシャトルを拾うすみれ。その様子を、古野は壁に寄りかかって腕を組んだまま、見下ろしていた。



 体育の授業が終わった。バドミントンのラケットとシャトルを倉庫に片付ける事になり、すみれが率先して片付けようとしたのだが、日直も一緒に片付けることになり、何と古野と二人で体育館倉庫へ向かうことになった。
「……ったく。なんで私がこんなことしなくちゃならないのよ」
 シャトルが入った軽いカゴを持って、ぶつくさ言いながら歩く古野。すみれは先ほどの一件もあり、黙って歩いていた。
「あーあ。どっかの誰かさんが転んだりしなければ、私が片付けをさせられることもなかったのに」
「……」
 ”誰かさん”とは、いわずもがな、すみれのことだ。すみれは何も言う気になれず、ずっと黙っている。体育館倉庫へ途中、バスケの片付けを終えた悠貴とすれ違った。
「お疲れ。今終わったの?」
 悠貴がすみれに向かって声をかける。
「あ、うん。そっちも――」
「あ、会長! 男子ももう終わったんですかぁ?」
 さっきまでの不機嫌な低い声は何処へやら。甲高いぶりっ子声で悠貴に話しかける古野。
「ん? まぁね」
「会長って、本当に優しいよね! 片付けも一人でやっちゃうんだもん」
「そう?」
「そうだよ! ゆかも今日は、片付けをお願いされちゃって……でも、体育の後だから、疲れちゃって大変なんだぁ」
 体を少しクネクネさせながら言う古野。そして、チラッチラッと悠貴を上目遣いで見る。そんな古野の後ろ姿を、すみれは「出たな」と、げんなりした顔で見ていた。
「なら、俺が片付けておくよ。貰ってもいいかな?」
 一方、悠貴はそういって古野に片手を差し出した。すると、古野は笑顔を見せる。
「きゃー! 嬉しい! ありがとう、会長! もう、優しすぎ!」
 そういって、悠貴にシャトルの入ったカゴを渡す古野。そんな二人のやり取りを、どこかつまらなさそうな顔で見つめるすみれ。
「ゆか、女の子だから……こういう重たいの、持つの得意じゃないんだぁ」
「そっか。それじゃ、あとはやっておくから、先に教室へどうぞ」
「うん! ありがとう!」
 古野はそういうと、さっさと体育館から出て行く。すみれは古野が出て行ったのを見送った後、悠貴の隣を無言で通り抜けて体育館倉庫へ向かった。
(何よ、悠貴の奴。あんなのに優しくしちゃって! あんなぶりっ子が好みとでも言うの!?)
 口にこそ出さねど、心の中でプンスカ怒るすみれ。直後、何者かに手に持っていたラケットのカゴを取り上げられた。
「あっ――」
「俺が持つよ」
 顔を上げると、いつの間にか隣に悠貴が来ていて、すみれが持っていたラケットのカゴを持っていた。
「そのくらい持てるけど」
「何をそんなに怒ってんの?」
「別に……」
 悠貴の言葉に言い返せず、すみれはそっぽを向く。すると、悠貴はすみれの前にシャトルの入ったカゴを差し出した。
「こっちの方が軽いから、持つならこっちで」
 突然のことに、驚いて固まるすみれ。しかし、すぐに我に返ってそのカゴを受け取った。
「……どういう風の吹き回し?」
「いや? そんなに俺と後片付けしたいのかなーって思ってさ」
 さらっと言ってのける悠貴。すみれは「はえ?!」と顔を赤らめた。
「べ、別に、そういう訳じゃ……私はただ、自分たちで使った物の後片付けをしたかっただけで……!」
「はいはい、そういう事にしておいてあげる」
 そっぽを向いて弁解するすみれをみて、悠貴は思わず口元を綻ばせる。
「そういえば、体は大丈夫なの?」
 そして、唐突な質問。すみれは悠貴の顔を見上げ、瞳を瞬かせた。
「授業が始まるとき、転んでいたからさ。足とか腕とか、変に打撲しなかった?」
 悠貴に言われて、またすみれの顔が赤くなる。豪快に転んだところを見られた羞恥心からだ。
「だ、大丈夫だよ……普通にバドミントンも出来たし……」
「本当かな……すみれ、痛くっても我慢して無理矢理強行する事が多いからなぁ……」
「失礼な! 私はそんな無茶しません! 悠貴じゃあるまいし!!」
「いやいや心外だな。俺だって、すみれ程の無茶はできないよ?」
「ちょっと、それどういう意味?」
 わいわい喋りながら体育館倉庫に入る。入った後は、悠貴がすみれからカゴを取り上げ、全部棚にしまってくれた。
「ごめん、悠貴……ありがとう」
「どういたしまして。こういうのを女子にやらせるのは、性に合わなくてね」
「……あれ? 悠貴ってそんなに紳士だったっけ?」
「え? ひどくね?」
 そこまで話すと、お互いに顔を見合わせて吹き出す。そして、少しの間、その場で笑い続けた。
「あー、笑っちゃった……やばい、そろそろ戻らないとね」
「そうだね、着替えの時間が無くなるな」
 すみれと悠貴はそういうと、体育館を出て更衣室へ向かう為に歩き出した。



 掃除の時間になった。
 この学校の掃除の時間は、帰りのホームルーム前に行われる。誰がどこを担当するのかは毎日ランダムに決められており、掃除当番表を確認して担当場所を掃除するシステムだ。
「えーっと、今日は……廊下掃除か」
「おっ、すみれと一緒じゃん」
 すみれが当番表を覗いていると、隣に悠貴がやってきた。
「あ、本当だ、よろしくね」
「ああ、よろしく。後は誰が――」
 いるのかな、と思った悠貴が表をみて黙り込む。何事かとすみれも当番表に視線を戻すと……
「あー……古野さんも一緒なんだ……」
 苦々しい声で言うすみれ。
「ま、まぁ、俺も一緒にいるし……あ、ほら、松野君も一緒じゃん」
 悠貴はそういって、当番表の一カ所を指さした。松野とは、サッカー部のキャプテンにして校内でも1、2位を争うほどのイケメン君だ。余談だが、松野はすみれにこっそり片想いしていたりする。
「あ、本当だ。それじゃ、大丈夫かな……」
 すみれは気丈に振る舞おうとするが、後半の勢いが落ちる。やはり、気になる所があるのだろう。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
 悠貴はあえて明るい声ですみれに言う。すみれも、先ほどよりかは明るい声で返事をくれた。
 そうして、担当の掃除場所に来たすみれと悠貴。まだ古野と松野の姿はなかった。
「ちょっと早かったかな。それじゃ、先に――」
「おぅい! 三笠!」
 悠貴がすみれに声をかけようとしたが、いきなり担任に声をかけられた。
「あ、はい。どうしましたか?」
「ちょっと頼みたいことがあって……少しだけ良いか?」
 と、いうことで。担任に引っ張られて行ってしまった悠貴。すみれは内心引き留めたがったが、いかんせん相手は教師と言うことで、必死に自分を押さえ込んだ。
「あれ? 南雲さんだけ?」
 悠貴の背中を見送っていると、いきなりは背後から声をかけられる。すみれが振り返ると、不機嫌そうな顔をした古野がいた。
「あ、古野さん……悠貴は先生に呼び出されちゃって」
「ふぅん」
 古野はそういうと、おもむろに壁に寄りかかる。そして、スマホを出すといじり始めた。
(えー……スマホいじってるし……まぁ、松野君が来るまで待っていれば良いか……)
 すみれは注意しようかと思ったが、何となく注意したら後々面倒なことになりそうな気がして、おとなしく清掃ロッカーに手をかけた。
「悪ぃ、遅れた」
 すると、そこに松野がやってきた。すみれは松野の方に振り向く。
「あ、松野君。悠貴なんだ――」
「松野くぅん! あのね、会長、先生に呼び出されちゃったんだってぇ」
 すると、横から甲高いぶりっ子ボイスが飛んでくる。振り返ると、いつの間にかスマホをポケットにしまった古野が、両手の拳を口元にあてて松野を見ていた。
「すぐに戻ってくるとは思うんだけど……一緒に頑張ろうね、松野君!」
 古野は松野につつつと歩み寄って、猫なで声で話しかける。しかし、松野は特に気にせず、といった態度で。
「それじゃ、始めるか」
「うん!」
 松野は古野にそういって、何故かすみれに近づく。そして、今しがたすみれが開けた清掃ロッカーからほうきを取り出した。
「はい」
「え?あ、ありが、とう……」
 目の前にずいっとほうきを差し出される。すみれはお礼を言いながら、松野からほうきを受け取った。
「俺、あっちの方から掃除すっから、南雲はあっちから頼む」
「う、うん」
 松野に指示されて、すみれはいそいそと指定された場所へ向かった。
「ねぇ、松野君。ゆかは何すればいいかなぁ?」
 すると、背後で古野の声がする。振り返らずとも様子は想像できたので、すみれはあえて振り向かなかったが。
「……ゴミ捨てでもしてくれれば……」
「わかったぁ! ゆか、頑張るね!」
 素っ気なさに拍車をかけたような、冷たい声で古野に返事をする松野。古野はキャピキャピした声で返すと、廊下に設置されているゴミ箱へと向かっていった。
(良かった、松野君が一緒で……これなら悠貴がいなくても、なんとかなるかも……)
 心の中で悠貴が早く戻ることを祈っていたすみれだったが、松野の態度が思っていた以上にしっかりしていて、思わず安堵の息をつく。そして、一人静かに掃き掃除を始めた。
 ……そしてしばらくして。すみれは自分が任されたところの掃除をおえ、ちりとりにまとめきったところで息を吐いた。
「ふぅ……終わった」
 そして、ふと顔を上げる。松野の方がすみれよりも広範囲を担当してくれているので、進捗具合によっては手伝おうかと思ったのだ。
(あ、松野君はもうちょっとかかりそうだな……ちりとりのゴミを捨てたら、手伝お――)
「きゃー!」
「え? うわっ!?」
 のんびり考え事をしていたら、後ろから誰かがぶつかってきた。その弾みですみれは廊下の床に半ば叩きつけられるような形で転んでしまう。
「いつつ……」
「南雲!?」
 松野が慌てて駆け寄ってくる。すみれは自力で体制を起こして座り込んだが、目の前に広がる光景に絶句した。先ほど掃除したばかりの場所に、ちりとりのゴミは勿論、見慣れないゴミもゴロゴロと転がっていたからだ。
「大丈夫か?」
「え? あ、う、うん……私は……」
 駆けつけた松野が、すみれの隣で片膝をつく。一方のすみれは、転んだ痛みよりも掃除が終わったばかりの場所がまた汚れてしまったことに、固まっていた。
「あ、ごめんね、南雲さん! ゆか、ゴミ箱持ったまま転んじゃって……」
 すると、頭上から古野の声が聞こえた。声の方をみれば、空になったゴミ箱を持った古野が立っており、どこか得意気な顔をしていた。
「本当、ゆかのドジ! ごめんね?」
 古野はそういうと、ゴミ箱をその場にドンと置く。
「あとね、さっき転んだ時に手を痛めちゃったみたいで……ゆか、保健室行ってくるね」
「おい、このゴミ――」
「それじゃ、”南雲さん”。あとはよろしくね~」
 松野の言葉を遮って、すみれの名字を誇張して立ち去っていった古野。すみれはしばし呆然としていた。
「……俺も手伝う」
 そんなすみれを見かねてか、松野が溜め息まじりに言って立ち上がった。それを聞いて、すみれも我に返る。
「あ、えっと……だ、大丈夫だよ松野君! だってまだ、松野君のところ、終わってないでしょ?」
「後でやる」
「いや、先に自分の所を片付けてきてよ!」
 すみれに強く言われ、松野は立ち止まる。少しの間を挟んで、松野は呟いた。
「……すぐ手伝いに戻ってくる」
 そういって、松野は先ほどの場所に戻っていく。すみれはそれを見届けると、ゆっくりと立ち上がって制服に付いたゴミを払った。
「……さて、やっちゃわないと……」
 どんよりとした声で、力なく呟くすみれ。落ちているちりとりを拾い、ほうきを手に取った時だった。
「いっ――!」
 ズキッとした痛みが、右手首に走る。どうやら、転んだ時に挫いてしまったようだ。
(あー、今日は二回も転倒したからな……でも、もうすぐで学校も終わるし、ちょっと我慢するか)
 すみれは自分にそう言い聞かせると、右手首を気にしながら掃除を再開した。



 ……悠貴が戻ってきたのは、それから少し後のことだった。
 彼が戻ってきた頃、丁度すみれと松野が廊下に散らばったゴミを拾い集めていた。
「……どうしたの? これ」
 悠貴が尋ねると、すみれが事情を説明する。すると、悠貴は納得するなりゴミ拾いに参戦した。
「それで、当人の古野さんは?」
「保健室に行ったっきり。その後は知らない」
 悠貴の質問に素っ気なく答えるすみれ。何となく彼女の心情を察した悠貴は、それ以上何も言わなかった。
「……よし、これで片付いたな」
 悠貴が最後のゴミをゴミ袋に入れて、袋をきゅっと縛る。
「それじゃ、俺、このままゴミ捨てに行ってくるよ」
「んじゃ俺、ゴミ箱戻してくる」
 悠貴の言葉に返事をした松野は、さっさとゴミ箱を持って行ってしまう。すみれはそれをぼーっと見送っていた。
「すみれ」
 そんなすみれに、優しい声で声をかける悠貴。呼ばれたすみれは、悠貴の方に振り返った。
「悪いけど、一緒に来て貰ってもいい?」
「え? いいけど……」
「ありがとう。ちょっとの間、これ見ててくれる?」
 悠貴はそういうと、ゴミ袋を置いて松野の所へ向かう。そして何か一言二言喋ったかと思うと、すぐに戻ってきた。
「お待たせ。それじゃ、行こうか」
 悠貴はそういうと、ゴミ袋を担ぐ。そして、歩き出した。すみれも悠貴のあとに続いて歩き出した。



「……これ、私が来た意味あった?」
 ゴミ捨てからの帰り道。すみれが不満そうに言ってきた。それを聞いて、悠貴は何度も頷く。
「あったよ、めっちゃ。ゴミ袋が破れていてそっからゴミが落ちた時、拾ってもらおうと思ったんだよ」
「何その仕事……」
「だって、嫌だろう? 折角ゴミを捨てたと思って振り返ったら、足跡のようにゴミが落ちていたらさ」
 悠貴の話に、すみれは思わず吹き出す。そして「何それ」と笑い出した。
「相変わらず、悠貴の発想って変だよね」
「変とは失礼な」
「変だよ」
「変じゃない」
 そんな事を言いながら廊下を進む二人。そして、教室に戻るために階段へ向かおうとしたすみれだったが、何故か悠貴が階段をスルーしたため、慌てて追いかけた。
「ちょっと悠貴! そっちは教室じゃないよ?」
「知ってる。すみれも来て」
 悠貴に言われるがままに着いていく。辿り着いたのは保健室だった。
「保健室……?」
「失礼します」
 きょとんとしているすみれを無視して、悠貴は保健室の扉を開ける。すると、中から保健医の「はーい」という声が聞こえ、ひょっこりと顔を出した。
「あら、生徒会長。それに風紀委員長も。どうしたの?」
 保健医が尋ねると、悠貴がすみれを隣に招き寄せる。
「ちょっと失礼」
 そして、隣にきたすみれの右腕を、悠貴がひょいとすくいあげ、そのままブラウスの袖を少しまくり上げた。
「ちょ……」
「やっぱり。さっき転んだ時に、挫いたんでしょ?」
 悠貴に核心を突かれ、すみれは渋々頷く。すると、保健医が「あら大変」と、必要な道具を探しに向かった。
「……よく気がついたね」
「ゴミを拾っているとき、妙に右手をかばっていたからさ」
 悠貴の返事に、すみれは「さすが」と小さく呟く。するとそこに、湿布などを持った保健医が戻ってきた。
「それじゃ、風紀委員長。手を見せて」
「はぁい」
 観念したすみれは、おとなしく右手を差し出す。保健医は手際よく処置していった。
「それにしても、この時間の怪我は珍しいわね。転んじゃったんだっけ?」
 そして、何気なく話した保健医の話に、すみれと悠貴は「え?」と固まった。
「先生、今、何て……」
「ん? この時間の怪我は珍しいから、何があったのかしらって思って」
 悠貴の質問に答える保健医。今度はすみれが尋ねた。
「さっき、ここに他の女子生徒が来ませんでしたか?」
「え? 来ていないわよ。最後に来たのは、さっきの体育の授業で盛大に転んだ、二年生の男の子よ」
 保健医の話をきいて、すみれと悠貴は顔を見合わせる。
< 16 / 30 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop