とある高校生の日常短編集
とある休日のこと
「悠貴! お願い!」
 顔の前でパンっ! と手を合わせて”お願い”のポーズをとるすみれ。
「ど、どうしたの……」
「あのね……私と付き合って欲しいんです!」



 その時、悠貴はとてつもなく高陽した。今まで片想いをしており、いつかは彼女と恋仲になれれば……と、何度夢に見ただろうか。少し告白には雰囲気がかける場面のような気もしなくも無かったが、今はそんなことは気にしない! 俺の答えは既に決まっているんだ! そう思って悠貴は二つ返事で答えたのだが……
「まぁ、そうですよね……」
 現在、地元の駅前。悠貴は溜め息をついて待ち合わせ場所に突っ立っていた。待ち合わせの時間まであと15分。女性を待たせるわけにはいかないと少し早めに出てきたのだ。
(付き合ってっていうもんだから、てっきりそっちの意味かと思ったのに……)
 シュンと項垂れる悠貴。すると、そこに足音が近づいてきた。
「おっはよー! ごめん、待たせちゃった?」
 聞き慣れた声に顔を上げると、すみれがこちらに向かって小走りで向かってきていた。今日は休日ということもあってお互いに私服なのだが、すみれは可愛らしいヒールの靴を履いていた。
「大丈夫、俺も来たばっかりだから」
 本当は10分以上前には来ていたのだが……まぁ、それは横に置いておいて。悠貴が笑顔で言うと、すみれは「よかった」と笑顔を見せた。
「それにしても、今日はありがとうね! 今日のしまえながちゃん、カップル限定じゃないと貰えないっていうからさ……」
「あ、あー……うん、ソウダネ……」
 満面の笑みのすみれに対し、悠貴はどこか棒読みに返す。そう、悠貴が項垂れていた原因はこれなのだ。すみれに「付き合って」と言われたのは、恋仲になって欲しいではなく、カップル限定で貰えるしまえながちゃんグッズを手に入れる買い物に同伴して欲しい、という意味だったのだ。
「まぁ、そんなオチだとは思っていたけど……!!」
「ん? どうしたの?」
「いや、何でも無いよ」
 独り言をかき消すように、爽やかな笑顔ですみれに言う悠貴。
「それより、目的地までは電車なんだよね」
「うん。例の電波塔のお膝元、青空シティーに、しまえながちゃんショップがあるんだ!」
「OK。それじゃ、行こっか」
 すみれに確認をとった悠貴は、早速駅の中に入ろうとする。その時、不意に副島の声が悠貴の脳内に流れてきた。

――いいですか? 折角のデートなんですから、チャンスを逃さないように――
――朝、待ち合わせ場所で会ったら、まずは服装を褒めるんですよ――

 昨夜から今朝にかけて、副島に散々言われた”デートの心得”だ。何故かこのタイミングで思い出し、悠貴は不自然にも変な格好で止まってしまった。
「……悠貴? どうしたの?」
 すみれに言われて、悠貴は彼女の方に振り向く。青いジャケットの下に白いシャツを着て、スカートも空色の、全体的に爽やかな色合いのコーデ。よく見ると、耳元にも青いイヤリングがついているではないか。
(ふ、服装を褒めるって……一体、何をどう言えばいいんだ? てか、このタイミングで言ったら変じゃね? 何か、変なタイミングで固まっちゃったし……あー、どうしよう……)
 うだうだと考える悠貴。すみれも、フリーズしている悠貴を見て首を傾げた。
「……いや、ごめん。なんでもない」
 悠貴はそれだけ言うと、また正面を向いて歩き出す。すみれは「そっか」と言って、その後に続いた。
(あー……言えなかった……)
 心の中で溜め息をつく悠貴。脳内で副島がお小言を言ってくるのが容易に想像できた。
「……今日の服、変だったのかな……」
 そのせいか、すみれが自分の背後でそんな事を呟いてたことに、悠貴は気がつきもしなかった。



 電車を乗り継ぎ、目的地である”青空シティー”に付いた二人。ここは都内でも有数の観光地ということだけあり、多くの人でごった返していた。
「わわわっ……人が……」
 すみれが人混みの合間を縫って、何とか先に進む。悠貴も遅れないようにすみれの後を追いかける。
「よし、到着! ここが目的地であります!」
「うむ、案内ご苦労」
「ちょ、なにその悠貴の言い方」
 すみれの最後の一言で、お互いに笑い出す。
「ふぅ……んで、ここが目的のしまえながちゃんショップ!」
「へー……本当に、しまえながちゃんばっかり売っているんだね……」
「そりゃ、しまえながちゃんショップだからね。んで、今日の目的は、ここで開催されるイベントに参加して、参加賞の”ラブラブしまえながちゃん”をゲットすること!!」
 すみれはそういうとガッツポーズをとる。メラメラと燃えていて、気合い十分なのが悠貴に伝わってきた。
「てか、イベントあんの? 聞いてなかったんだけど……」
「あれ? 言ってなかったっけ? 学校で言ったと思ったんだけど……」
 悠貴の問いに、首を傾げるすみれ。そう言われると、説明されたような気がしなくもないような……と、必死に思い返す悠貴。
(……ダメだ。”付き合ってください”の衝撃しか思い出せない……その時に話していたのかな……)
 ちょっと心の中で反省する悠貴。すると、思い出せない悠貴を見かねたのか、すみれがお店の前に立っている看板を指さした。
「ほら、これこれ。イベントって言っても、そんなに難しい内容じゃないよ」
 すみれに言われて看板を見る悠貴。そこには今日のイベント内容が書かれていた。
「えーっと……クイズとミニゲームに参加すれば貰えるのかな?」
「うん。クイズは二人一組だし、ミニゲームもそんな感じだと思うから、しまえながちゃんに詳しくない悠貴でも大丈夫だと思うよ」
 すみれはそう言うと、親指を立てて「グー」サインを見せる。
「それではこれより、しまえながちゃんイベントを開催します! ご参加される方は、こちらへお越しくださーい!」
 直後、店内から声がかかった。すみれはイベントに参加すべく、悠貴を連れて店内へと入っていった。



 ……そうして、クイズとミニゲームを終えたすみれと悠貴。クイズは、すみれのしまえながちゃん情報により二人とも見事全問正解。ミニゲームも、二人一組でやるちょっとしたリズムゲームで、こちらは悠貴の活躍により見事クリアした。
「はい、皆さん、お疲れさまでした! それではこれより、”ラブラブしまえながちゃん”の配布をさせて頂くのですが……」
「やった……!」
 店員が、手に”ラブラブしまえながちゃん”を持って高く掲げてみせる。それを見てすみれのテンションが上がった。
「その前に! 折角なので、こちらの特設ステージでお写真をお撮り頂いたペアの方から、こちらの”ラブラブしまえながちゃん”をお渡しさせて頂きますね!」
 そう言って店員が指さした先には、いかにもな装飾としまえながちゃんが飾られた写真スポットがあった。しかも、着ぐるみのドデカいしまえながちゃんも二羽(二人?)、写真スポットでスタンバイしているではないか。
「ご要望があれば、こちらの”ラブラブしまえながちゃん”を二人で持っての写真撮影も出来ますので、お声がけくださいねー!」
 店員の言葉に、思わずフリーズするすみれと悠貴。
「……え、これ、写真撮影しないとダメな感じ?」
「うーん……ちょっと様子を見てみよう。もしかすると、写真無しで持って帰りたいって人が出てくるかもしれないし……」
 悠貴の質問にそう答えるすみれ。そうして二人は、列の後ろの方に並んだのだが……
「……うん。誰も”写真無し”の人がいないね……」
「それどころか、皆ノリノリで写真撮っていくじゃん……」
 すみれと悠貴、二人が同時に溜め息をつく。どうやらこれは、避けては通れぬ道のようだ。
「まぁでも、普通に写真撮れば、ね?」
「ま、まぁ、そうだな。クラスで撮る写真、みたいなノリで行けば……」
 すみれも悠貴もそう言うも、心なしか二人の顔がほんのり赤くなっている。前のペアが次々とポーズを決めて撮っていくのを静かに見ていた二人だったが……
「……何かさ、皆、くっついて写真撮ってるよね。何なんだろう、アレ……」
 すみれがふと呟く。すると、悠貴は「そ、ソウダネ」とぎこちなく返事をした。
「で、でもまぁ、別に、絶対にくっつかなくちゃいけない訳ジャナイダロウシ……」
「……ちょっと、悠貴さん? 大丈夫? 後半がロボットみたいな片言になっているけど……」
「だ、ダイジョーブ、ダイジョーブ」
 写真撮影の事を意識しているせいか、どこかぎこちない悠貴。しかし、すみれが原因に気がつくわけもなく、「変な悠貴」と笑っていた。
「では次の方、どうぞ~」
 そしてついに、二人の順番が来た。悠貴は一度深呼吸をすると、すみれに続いて写真撮影スポットに足を踏み入れる。
「よろしくお願いします」
「はい。スマホ、お預かりしますね」
 悠貴はそう言ってスマホを店員に渡す。そして、いざ覚悟を決めてスポットに立とう……と思ったとき。
「……あれ? すみれは?」
 視界からすみれが消えて、思わずキョロキョロする悠貴。しかし、すみれはすぐに見つかった。ドデカいしまえながちゃん着ぐるみに、真正面から抱きついているではないか。
「ふわぁ……もっふもふ……このもふもふに包まれて眠りたい……」
「……あのー、そこのお姉さん? 一体何をしていらっしゃるんですか?」
 思わずすみれにツッコミを入れる悠貴。すると、すみれが「はっ!」と言って顔を上げた。
「しまった! しまえながちゃん、すんごいもふもふしていそうだなーって思っていたら……思わず抱きついてしまっていた!!」
「わーお、無意識とは何と恐ろしい」
 悠貴は渾身の棒読みで答えると、すみれをしまえながちゃんから引き剥がした。
「ほら、写真撮るんだろう」
 気恥ずかしさから、早く終わらせたい一心ですみれに声をかける悠貴。すると、すみれは「ごめんごめん」と悠貴に謝った。そして、どういう立ち位置で撮ろうかと、悠貴がすみれに尋ねようとしたときだった。
「お姉さん、いいアイディアですね! 是非ともそのアイディアで写真を撮りましょう!」
 急に店員がそんなことを言い出した。すみれも悠貴も、一体何のことかと店員の顔を見る。
「うちのしまえながちゃん、このもっふもふの肌触りが売りなんですよ! だから、もっふもふのしまえながちゃんにハグされながら写真を撮るのは、いかがでしょうか?」
 思わぬ提案に、悠貴は考えた。成程、それぞれあのドデカいしまえながちゃん着ぐるみに抱きついて撮れば、下手にカップルの真似事をしなくて済むなと……悠貴がすみれを見ると、彼女は悩んでいるようだった。
「いいんじゃない? もふもふのしまえながちゃんに抱きつけるし、ポーズも決まったしさ」
 悠貴がそういうと、すみれが彼の顔を見上げた。
「いいの?」
「俺は構わないよ」
 悠貴の返事を聞いて、すみれの心は決まったようだ。すみれは店員に「それでお願いします」と声をかけた。
「分かりました! そしたら、しまえながちゃん達を誘導するので、お二人はこの辺りに立って待っていてもらえますか?」
 店員に言われるがままに移動するすみれと悠貴。その後、他の店員がドデカいしまえながちゃんを二人の両サイドに誘導した。
「それではお二人さん、お互いに向き合ってくださ~い」
 店員に言われて、すみれと悠貴はお互いに背を向けてしまえながちゃんに向き直った。すると、店員から「え?」という声が上がる。
「あら? そっちじゃなくて、お互いに顔を向き合わせないんですか?」
『えっ!?』
 店員の素朴な疑問に、すみれと悠貴は固まった。
「そうですよ! カップルでハグして、それを更にしまえながちゃんがハグする、名付けてダブルハグ! かなり映える写真が撮れると思いますよ~」
 すると、他の店員にも言われてしまう。二人はどうしようかと思ったが、雰囲気に逆らえず、渋々向き直った。
(待てよ……これってもしかしなくても、俺がすみれを、その、は、は、ハグ……!?)
 向きなおった直後、悠貴は気がついた。あの店員の口ぶりからして、恐らく悠貴がすみれをハグし、更にその上からドデカいしまえながちゃん着ぐるみにハグされる、という流れになるのだろうと。そうなると、悠貴はすみれの事をハグしないといけなくなるわけで……
(む、無理に決まってんだろう! なんで俺が、よりによってすみれを……ちょっとこれ、心臓がいくつあっても足りねぇよ! どうするんだよこの状況!!!)
 悠貴は心の中で絶叫した。まあ、彼の恋愛に関する性格を考えると妥当な思考ではあるが……
(……いや、落ち着け俺! そうだ、こんな事で動揺してどうする!? 俺はあの玄武組の頭の息子! 女の子を一人、しかも数秒ハグするくらい、訳ないだろう!!)
 赤くなる顔を押さえ込むように、必死に自分に言い聞かせる悠貴。しかし、心臓がドクドクうるさくてたまらない。
「それではお二人さん、どうぞ!」
 店員に言われて、悠貴は覚悟を決める。真剣な顔ですみれを見下ろした。
「すみれ」
「ひゃい!?」
「いくよ」
 悠貴はそう声をかけて、すみれの腕に自分の腕を伸ばす。その時だった。
「わー! 着ぐるみだー!」
 ドンッ!
 どこからともなくちびっ子が現れ、なんとドデカいしまえながちゃん着ぐるみを押してしまったのだ。すると、バランスを崩したしドデカいしまえながちゃん着ぐるみが、そのまま悠貴の方に倒れる。
「え?」「危ない!?」
 店員の声が飛ぶ。ドデカいしまえながちゃん着ぐるみに押された悠貴は、すみれを巻き込んで倒れそうになる。
「すみれ――!!」
 悠貴は咄嗟にすみれを抱きしめた。そして二人は、そのままドデカいしまえながちゃん着ぐるみに押し倒され、反対側にいたもう一羽のしまえながちゃん着ぐるみの上に倒れ込んだ。
 カシャカシャカシャ!!
「うわっ!?」「おわっ!」
 ドンッ!
「あわわ! だ、大丈夫ですか!?」
 店員が慌てて駆け寄ってくる。悠貴は、すみれを抱きかかえた状態で、二羽のドデカいしまえながちゃん着ぐるみにサンドウィッチされていた。
「今、しまえながちゃんを退かしますね!」
 こうして、店員による救出作業が始まる。程なくして、二人はしまえながちゃん着ぐるみのサンドウィッチから解放された。
「いつつ……大丈夫? すみれ」
「う、うん……悠貴は?」
「俺も大丈夫だよ」
 お互いに確認し合って、安堵の息をつく。すると、そこに子供を連れた大人が飛び込んできた。
「すみません! うちの子のせいで……お怪我はありませんか!?」
 どうやら、先ほどしまえながちゃん着ぐるみを押してしまった子供とその母親らしい。母親はすみれと悠貴、そして店員達にペコペコと頭を下げた。
「あ、大丈夫ですよ。怪我してないですし」
「本当にすみません!」
 すみれに対し、母親がまたペコペコ頭を下げる。そして子供に「貴方も謝るのよ」と謝罪させた。
「こちらこそ申し訳ありませんでした! 我々の不注意で……お怪我はありませんか?」
 一方、店員達も顔色を変えてすみれと悠貴に尋ねた。
「俺たちは大丈夫です。しまえながちゃんが柔らかくてクッションになってくれたので、大事には至りませんでしたよ」
 悠貴がそういうと、店員達は一斉に「申し訳ありませんでした!」と頭を下げる。悠貴もすみれも、「大丈夫ですよ」と返した。
「どうしましょう……仕切り直して、もう一度撮り直しますか?」
 ふと、悠貴のスマホを持った店員が尋ねてきた。悠貴はどうしようかとすみれの顔を見る。
「……折角だし、撮り直してもらう?」
 悠貴がそういうと、すみれは頷いた。
「でも、今度はハグじゃない、普通の立ったポーズがいいな」
 すみれがそういって笑う。すると、悠貴も他の店員も、つられて笑った。
「かしこまりました。では、しまえながちゃん達の準備をしますので、少しお待ちください」
 店員はそういうと、未だに寝転がったまま起き上がれずにいる、ドデカいしまえながちゃん着ぐるみの所へ向かう。悠貴がその背中をみて何となく安堵の息をついたときだった。
「……あの、さ。悠貴」
「ん?」
 すみれに声をかけられて、悠貴は彼女の顔を見た。すると、すみれは頬を赤らめて少し俯いており……
「その……もう、離して貰っても、大丈夫、だよ……」
「え……って、おわっ!?」
 すみれに言われて、悠貴は慌てて腕を解いた。さっきまで別のことに気を取られていて気がついていなかったが、ずっと悠貴がすみれを抱いていたのだ。
「ご、ごごごごごめん! そ、そういうつもりじゃなくて――」
 慌てて弁解に入る悠貴。すると、すみれは笑い出した。
「大丈夫。そういう人じゃないって、ちゃんと知ってるから」
 すみれはそういうと立ち上がる。そして、悠貴に手を差し出した。
「守ってくれてありがと」
「……どう、いたしまして……?」
「なんで疑問形なの?」
「いや……何となく?」
 こんなやり取りをしながら、悠貴はすみれの手を取って立ち上がる。そしてその後、無事に起き上がれたドデカいしまえながちゃん着ぐるみ二羽と、平和に写真を撮り終えた。



 帰り道。
 すみれはにっこにこの笑顔で紙袋を持っていた。紙袋にはしまえながちゃんの絵が描かれていて、あのお店の紙袋だと一目で分かる。
「良かったね、色々と貰えて」
「うん!」
 悠貴に言われて、満面の笑みで頷くすみれ。写真撮影後、目的のラブラブしまえながちゃんを手に入れたのだが、店員からお詫びと称し、様々な非売品しまえながちゃんグッズを貰ったのだ。
「いやぁ、あのハプニングにはびっくりしたけど、こんなに貰えちゃったし、結果オーライかな~」
 そんな事を言いながら、紙袋を持ち直すすみれ。すると、悠貴がふとすみれの持っている紙袋を取り上げた。
「あっ――」
「結構重たいんだな、これ」
「大丈夫だよ、そのくらい。自力で持つ――」
「あ、急がないと電車が来るぞ」
 すみれが悠貴から紙袋を取り返そうとしたが、あしらわれてしまう。すみれはどうしようかと思ったが、折角だから甘えてしまおうかと自分に言い聞かせた。
「ねぇ、後で写真送ってね」
「ん? あ、そうだね。電車に乗ったら送るよ」
「ありがとう」
 そう言ってホームに向かう。すると、ちょうど良いタイミングで電車がやってきた。二人は電車に乗り込むと、空いている座席に腰掛ける。
「ジャストタイミングだったね、電車」
「なー。しかも、空いててよかったよ」
すみれと話しながら、スマホを開く悠貴。早速写真をすみれに送ろうと、アルバムを開いた。
「!?」
 そして、中身を見て思わずスマホを取り落としそうになる。
「どうした――」
「い、いやいや! な、何でも無い!」
 悠貴はすみれにそういって、スマホの画面がすみれに見えない位置に持ち直した。勿論彼のプライベートな写真を見られたくない、というのもあったのだが……
(何であの時の……俺がすみれをハグした瞬間が撮られているんだよ……しかも連写で……!!)
 アルバムの写真を見てその瞬間のことを思い出したのか、悠貴の頬が赤くなった。
(まさかこの写真を送るわけにはいかないよな……あ、あった。最後に撮った写真。これだけ送れば――)
 スマホを操作し、すみれに写真を一枚送る。すると、着信のバイブレーションに気がついたのか、すみれも早速スマホを取り出して確認し始めた。
「……あ、届いている。ありがとね、悠貴」
「お、おう……」
 スマホの画面を見つめながら返事をする悠貴。しばらくお互いにスマホを見つめ合っていたが、そのうち、隣から何となく寂しそうな雰囲気が漂ってきた。ふと悠貴が隣をみると、すみれがどこか寂しそうな顔でスマホを見ていて。
「……どうかしたの? すみれ」
 声をかけると、すみれが「え?」といって悠貴を見上げる。その後、「ああ、大したことじゃ」といって苦笑いをした。
「ただ、その……悠貴とのお出かけも、もうおしまいかーって思ったら、ちょっと寂しくなっちゃって……まぁ、また学校でも会えるんだけどさ」
 そういって笑ってみせるすみれ。そんなすみれの表情に、悠貴の胸がキュンとなる。
「……まぁ、お、俺でよければ、誘ってくれれば出かけるけど……」
 悠貴はそういうと、そっぽを向く。気恥ずかしさが勝ったのだろう。一方のすみれは、隣できょとんとしていたが……
「うん、ありがとう! また誘うね!」
 眩しい笑顔で返してきた。その笑顔を視界の端で捉えた悠貴は、つられて一緒に笑顔になった。



 最寄り駅についた。
 駅を出たところで、悠貴は紙袋をすみれに差し出した。
「それじゃ、今日はお疲れ」
「うん。本当にありがとね、悠貴」
 すみれはそういうと、紙袋の取っ手に手をかける。そして、悠貴から引き取ろうとしたのだが、彼の手が紙袋から離れる気配がなかった。
「……どうしたの?」
 すみれが不思議がって顔を上げる。すると、悠貴は何故か視線を横に投げて固まっていた。
「あの、さ……」
 ぽつりと話を切り出す悠貴。すみれは、じっとその続きを待った。
「その……今日の服装、結構可愛いと、思う、よ……」
 頬を赤らめて、勇気を絞り出すように言ってきた悠貴。その瞬間、すみれの顔もつられて赤くなった。
「えっと、あの――」
「そ、それじゃ。明日学校で!」
 すみれが何て返そうかとあたふたしていると、悠貴がすみれに紙袋を押しつけ、さっさと身を翻してしまった。すみれはそんな悠貴の背中を、ぽかんと見送る。
「……私も言えば良かったな……今日の悠貴の服装、カッコ良かったって……」
 すみれは残念そうに呟くと、自分もまた帰路についた。
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