とある高校生の日常短編集
「それに、先程別のメイドからも注意がありましたし、以前から何度もお話させていただいているのですが……お聞きになられていましたか?」
「うっ……」
 悠貴の話に、言葉を詰まらせる迷惑客。
「これ以上迷惑をかけられるというのであれば、こちらとて容赦は致しません。場合によっては出禁対応をしますので──」
「ふ、ふざけるなぁ!」
 悠貴の話の途中だが、迷惑客が悠貴の腕を振り払い、近くにあるナイフを手に取った。そして、それを悠貴に向ける。
「きゃっ……!」
「君は下がって!」
 悠貴は咄嗟に、近くにいたメイドを背に庇った。
「俺のことはいいから、早く向こうへ!」
「で、でも──」
「早く! それから、他の人は客人の安全確保を!」
 悠貴の声に、メイド達が動き出す。すみれはどうしようかと思ったが。
「ここにいて下さい。あなたの事は、何があっても俺が守るんで」
 先程まで椅子に座っていたはずの男子が、いつの間にかすみれの隣に立っており。
「お、おおおお前ごときが! こ、こ、この僕に、さ、さささ指図できるとおもうなよ! 僕は、お、お客様だぞ! ご主人様だぞ! 神様だぞ!?」
 手をガタガタと震わせながら叫ぶ迷惑客。しかし、悠貴は冷静に相手を見るばかり。
「そ、そそそその気になればな! 僕は、何だってできるんだぞ! お、お、おおおお前を刺すことだって──」
「どうぞ」
「……へ?」
 ガタガタ震えていた迷惑客が止まる。一方、「どうぞ」と言い放った悠貴は、毅然とした態度を崩さなかった。
「い、いいのかよ? そんな事言っちゃって。可愛い女の子達がいっぱいいるからって、カッコつけてんのかよ?」
 口元をニヤッとさせながら言う迷惑客。すると、悠貴の口元もまたニヤリとつりあがった。
「だから、刺せるものならどうぞと申し上げたんです。もっとも、貴方に出来るかは別問題ですけれどもね」
 余裕綽々という態度で言い放つ悠貴。すると、迷惑客は額に青筋を浮かべた。
「っ……僕を侮辱して……このぉ!」
 迷惑客は大声で叫びながら、悠貴に向かってナイフを向けたまま走り出す。
「危ない……!」
 そばにいたメイドが悲鳴をあげる。しかし、次の瞬間──
「うわっ!?」
 迷惑客の身体がぐるんと宙で一回転し、そのまま床にドカンとうつ伏せで落っこちた。すると、その上にすかさず悠貴が乗っかり、迷惑客を後ろ手で捕える。その近くで、ナイフがカランカランと音を立てて落ちた。
「さて、どう料理しましょうかね……えーっと、こういうのは、銃刀法違反とか、恐喝罪ってやつになるのかな?」
 悠貴はそう言いながら、ギュッと迷惑客の手首を握った。
「いだっ──」
「誰か、縛れるものを。紐でも布でも構わないから──」
 悠貴が近くのメイドに指示を飛ばそうとしたとき、ふとすみれが動いた。エプロンの飾りの一つである黒いリボンを解き、そのまま悠貴の隣へ行くと迷惑客の手を縛り上げる。
「これで問題ないかと」
 すみれがそう言うと、悠貴は彼女を見て微笑んだ。
「ありがとう」
「それから、刃物は回収しておきますね」
 すみれはそういうと、近くに落ちているナイフを拾いあげる。するとそこに、店長が駆けてきた。
「申し訳ありません! お怪我は……」
「俺は大丈夫。それより、この人、どうしましょうか」
 悠貴が尋ねると、店長は重々しく頷いた。
「あまり騒ぎ立てたくは無いのですが……今回は、警察をお呼びしょうがと」
「え゛っ……」
「賢明です。俺もこのまま立ち会います」
 店長の判断に迷惑客が悲鳴をあげる。しかし、悠貴がそれを無視して同意したので、警察を呼んだり客に説明したりと、店内が慌ただしくなった。



 ……それからしばらくして。
 例の迷惑客は警察に連れていかれ、お店からも出入り禁止の処分が言い渡された。そして、そこからまたバタバタとしたが、やがて店内に落ち着きを取り戻した頃……
「はぁ……一時はどうなるかと思ったけど……」
「本当。一件落着してよかったぁ」
 カオリとユカリが、バックヤードの椅子に腰かけてため息をつく。こんな騒ぎが起きた後ということで、本日のお店は臨時休業となったのだ。
「でも、これでもうあの迷惑客が来ることは無くなったんですよね!?」
「そうね! もう二度と、アイツの顔を見なくて済むんだよ!」
 今度はお互いに手を取り合って喜び合う、カオリとユカリ。そんな2人を、すみれは微笑ましく見ていたのだが……
「すみません。ここに、スズメさんはいらっしゃいますか?」
 不意にバックヤードに現れた悠貴。すみれは驚いて振り返った。
「あ、は、はい。私ですけど……」
「良かった。ちょっとお時間よろしいですか?」
 すみれの返事を聞いて、手招きする悠貴。すみれは、呼ばれるがままに悠貴の元へ向かい、そのまま彼の後についてホールへと出た。悠貴は近くの椅子に座ると、すみれのことも隣の椅子に座るように促す。
「……失礼します」
「はい、どうぞ……それから、今日はお疲れ様でした。南雲すみれさん」
 すみれが腰掛けるなり、さらりと一言。すみれは固まった。
「え……っと……」
「あ、誤魔化しても無駄だよ? さっき俺が“すみれ”って呼んだ時に、なんの違和感も無く反応していたからね」
 悠貴はそういうと、不敵な笑みを見せる。すみれは「え?」と思わず聞き返した。
「ほら、丁度あの迷惑な客が暴れ出して、俺が止めに入ったときだよ」
 悠貴に言われて思い出す。確か、あの時、あの迷惑客がメイドの腕を掴んだから、仲裁に入ろうとしたけれども、それを悠貴に止められて……


――「すみれはここで待っててね」――



「あっ!?」
 そういえばあの時、確かに言っていた。そしてすみれもすみれで、いつもの流れで返事をしていた事まで思い出す。
「思い出した?」
 面白そうにニコニコ笑う悠貴。その隣で、すみれは一人顔を真っ赤にしていた。
「うう……悠貴にだけは、絶対に何があっても、例え天変地異が起きようが天から槍が降ろうが地が割れようが、天地がひっくり返ろが、バレたくなかったのにぃ……!!」
「……そんなに?」
 すみれの話に、思わずショックを受ける悠貴。しかし、すみれはそんな悠貴に構うこと無く、大きな溜め息をついて机の上に突っ伏した。
「当たり前じゃん……」
 ”誰だって、好きな人にこんな恥ずかしい姿を見られたくないもん”という本音は、さすがに言えず、飲み込むすみれ。すると、悠貴の顔が険しくなった。
「……それじゃ、俺じゃ無くて、副島だったらバレても良かったのかよ」
 どこか拗ねたように言う悠貴。すると、すみれは「うーん」と言いながら起き上がった。
「副島君かぁ……できればバレたくない、かな?」
「それじゃ、國松は?」
「六花は、別の意味で勘弁……何て騒がれるか……」
「ふぅん……」
 悠貴はそういうと、つまらなさそうに横目ですみれを見た。すると、すみれが「何よ」と言い返す。
「いや、別に。ここに来たのが俺で悪かったなって話」
「……何で怒ってるの?」
「べーつーに」
 明らかに拗ねている悠貴に、すみれはどうしたんだと首を傾げる。その後、すみれは「あっ」と声を上げた。
「そういえば、何で悠貴、メイド喫茶に来たんだろうって思ってたんだけど……」
「言っとくけど、こういうのが趣味とかって訳じゃ無いからな」
「それは知ってる。てか、むしろ苦手でしょ? こういう所」
 すみれの反応に、悠貴は少し驚いたように彼女を見る。その後、少し嬉しそうに口元を綻ばせた。
「……なんだ、よく知ってんじゃん」
「まぁね。むしろ、何でわざわざ苦手な場所に来たんだろう、悠貴ってそんなM属性あったっけ? って思ってさ」
 すみれがそういうと、悠貴は笑いながら首を左右に振った。
「違う違う。さっきも言ったけど、俺、この店のオーナー……の、息子なんだ」
 悠貴がそういうと、すみれは「へ?」と素っ頓狂な声を出す。
「でもさっき、この店のオーナーだってどや顔で言ってたよね?」
「まぁ、言葉の綾ってやつ?」
「いやいやいや! ちょっとそれは無理があるんでなくて!?」
 すみれの反応に、悠貴はまた声を上げて笑った。
「まぁ、これからすみれには事情を説明するから、ちょっと聞いて欲しいんだ」
 悠貴が改まって話題を切り出すと、すみれは「分かった」と言って静かになる。
「さっきも言ったけど、ここは元々、俺の親父がオーナーとして持っているお店でね。ただ、数日前から”メイドにちょっかいを出す、マナーの悪い客がいるんだ”って、店長から親父に相談があったんだよ」
「へー……悠貴のお父さん、メイド喫茶まで営業しているんだね」
「そうなんだけど……ただ、本当ならオーナーである親父が直々に出向くはずだったんだけど、忙しいから俺に代わりに行ってこいって言い出してさ……」
 そこまで話して、悠貴は溜め息をつく。その溜め息を聞いてすみれは納得した。
「それで、メイド喫茶にわざわざ来たんだね」
「そうだよ。それで、後輩巻き込んで来て見たら、あらま南雲すみれさんがいるじゃありませんか、となった訳ですよ」
 悠貴がそういうと、すみれは思わず「なるほど」と口にする。
「じゃあ、私を指名したのは?」
「得体の知れない見知らぬ女子にくっつかれるくらいなら、気の置けないすみれの方が良いって思ったから」
「……そういうことね、悠貴らしい」
 悠貴の話を聞き、彼が何故無理を押してでも自分を指名したのか、すみれは理解した。その理由に、嬉しいような、でもちょっと寂しいような……そんな複雑な感情を抱きながら。
 すると、それまでつまらなさそうな顔をしていた悠貴の口元が、突然意地悪くつり上がった。
「それにしても、楽しかったなぁ……」
「え? 何が――」
「いやぁ、自分の正体がバレないように必死になるすみれが」
「なっ!?」
 ニヤニヤと話す悠貴に対し、顔を真っ赤にするすみれ。
「しまえながちゃん、大好きなのに必死に知らないフリするし。コーヒーはブラックで、なんて頼んでないのに、さも当然と言わんばかりにブラックコーヒー持ってくるし。あの時の誤魔化し、頑張ってたなぁ……それから、ブドウパフェに関しては、すんごい勢いでガン見してたもんね、ぶどう」
 笑いがクツクツと込み上げるのだろう、悠貴はそれを堪えながら話を続ける。
「でも一番は、あの迷惑客への説教かな。あれはもう、完全にすみれだったよ。我が校自慢の風紀委員長・南雲すみれだったね」
「だ、だって! しょうがないじゃん!」
 すみれは顔を真っ赤にして、悠貴の肩をポカポカと叩く。しかし、悠貴は愉快そうに笑っており。
「そうそう。あと、もう少し絵の練習をすることをおすすめするよ」
「うるさい! 私は絵が苦手なの!!」
 さらに悠貴の肩を叩くすみれの手に力が入る。しかし、悠貴は相変わらず笑っていた。
「それで?」
「……へ?」
 すみれのポカポカパンチが落ち着いた頃、悠貴がそう切り出してきた。
「それで、なんでここでバイトしてるの? すみれは」
 そう尋ねられて、すみれは「あー」と呟く。そして、ここで働いている事情について話した。
「成程ね……それじゃ、今週いっぱいは、ここでアルバイトする事になったわけだ」
「そういうこと……けど、まさか初日から悠貴にバレるとは思いもしなかったよ……」
「しょうがないだろう。ここ、ウチの店なんだがら」
 ぷくっと膨れるすみれに、苦笑いの悠貴。
「んじゃ、オーナー代理として一言」
「なに?」
「一週間、よろしくね」
 悠貴はそういうと、すみれに握手を求めるように手を差し出す。それを見て、すみれは一瞬目を丸くしたが、すぐに破顔した。
「……こちらこそ、一週間限定だけど、よろしくお願いします」
 そういって、悠貴と握手をする。すると、悠貴はにっこりと笑った。
「とはいえ、あのオムライスのしまえながちゃんは考え物だったから、店長に言って練習させてもらいなよ。俺からも言っておくから」
「なっ……もー! そういう事をいうなぁ!!」



 ……こうしてすみれは一週間、あのメイド喫茶でのアルバイトをやりこなした。ちなみにその一週間、毎日欠かさず悠貴が来ていたとか……
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