とある高校生の日常短編集
キラキラネーム
 ある日、すみれのクラスに転校生がやってきた。
「ようし、お前ら、席に着け」
 担任の間延びした声に、しかしクラスメイトは全員席に着く。
「えーっと、今日からこのクラスに、転校生が入ります。入ってくれ」
「失礼しまーす」
 担任が扉にむかって叫ぶ。すると、真っ赤な髪色の少女が入ってきた。
「うおっ……これまたすごいのが来たね……」
 悠貴が小声で、隣の席のすみれに話しかける。
「本当に……あの髪色、校則違反につき取り締まりたい……!」
「どうどう、抑えて抑えて」
 一方のすみれは、風紀委員魂を一人メラメラと燃やしており、それを悠貴がなだめた。
「それじゃ、自己紹介からだな。名前、黒板に書いてくれないか」
「はーい」
 転校生はそう言うと、黒板に文字を書き出す。書き出された文字は「佐藤 優振美亜実里」と書かれていて……
「……待って、あれ何て読むの? 文系すみれさん」
 思わず目を細める悠貴。その隣で、すみれも首を傾げていた。
「名字は”さとう”でしょ? えーっと、名前が……ゆうふり、みあみり? みあみさと?」
 頭上に大量の「?」を生産するすみれと悠貴。すると、少女は振り返り、ドヤ顔で自己紹介を始めた。
「初めまして。佐藤(さとう)優振美亜実里(ユーフォルビアミリー)です」
 キメ顔で名乗る少女こと佐藤。すみれも悠貴も、いや、クラス中がフリーズした。
「親が転勤族なんで、いつかまた転校しちゃうと思うんですけど……それまで、よろしくお願いします」
「ということで皆、仲良くしてやってくれ。それじゃ――」
 担任が佐藤に説明する。その後、佐藤は指定された席に向かった。



 休み時間。クラス内はざわついていた。もちろん、皆転校生が珍しく、さっそく輪を作っていたのだ。
「ねぇねぇ、佐藤さんって部活何やってたの?」
 一人の女子生徒が話しかける。すると、佐藤は「は?」と言い返した。
「ちょっと、そんな平凡な名字で呼ばないで欲しいんだけどなぁ」
「え……?」
「私には、優振美亜実里(ユーフォルビアミリー)っていう超可愛くて可憐でゴージャスな名前があるのよ!」
「えっと、その、ごめん……?」
 佐藤の剣幕に押され、つい謝る女子生徒。すると、別の女子生徒が口を開いた。
「えっと、そしたらさ、前の学校では何て呼ばれてたの?」
「フォルビア様」
「ふぉ、フォルビア様……」
「まぁ、フォルビアで構わないよ?」
「そ、そっか……」
 強烈な性格に、周りがドン引いているのがよく分かる。すみれと悠貴は、六花と副島と一緒に遠くからようすを見ていた。
「なんだかすごい子が来たね……」
「本当ですぅ……ただでさえ見た目と名前のインパクトがすごいのに、性格まであんなにインパクトが強いとは思わなかったですぅ……」
 すみれと六花で話していると、隣で悠貴が口を開いた。
「本当、すっげー名前だよな。なんだっけ、ああいうの。何かあったよね……えーっと……」
「キラキラネーム、というやつですね」
「あ、そうそう、それそれ」
 副島に助けられながらも話す悠貴。その話に、すみれも六花も頷いた。
「てか、何なんだろう? ユーフォルビアミリーって」
「確かに……あまりお聞きしない言葉です」
 すみれと六花はそう言うと、一緒に「うーん」と考え込む。すると、悠貴が二人を見て笑った。
「全く。気になるんだったら文明の――」
「おぅい、三笠!」
 悠貴の声を遮って、担任が呼ぶ。悠貴は反射で「はい!」とすぐに返事をした。
「ちょっと呼ばれたから、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
 悠貴は三人にそういって、すみれに見送りの言葉をもらい、担任のところへ向かった。
「はい、何でしょう」
「ああ、悪いな。実は生徒会長の三笠に、転校生の案内を頼みたいんだ」
 唐突な依頼に、悠貴は瞳を瞬かせた。
「……あの、先生。お言葉ですが、学校案内をするなら、男の俺より、同性である女子の誰かの方がいいのではないでしょうか?」
 悠貴がそう抗議する。しかし、担任はそれをさらりと受け流す。
「まぁまぁ。ここは生徒会長として、この学校のリーダーってことで頼むよ」
 担任はそういうと、悠貴の肩をポンポンと叩いた。そして、そのまま佐藤……こと、フォルビアの元へ歩いて行った。
「……マジか。俺、ああいう系の女子はマジ勘弁なんだけど……!!」
 顔面蒼白になる悠貴。しかし、担当に手招きでフォルビアの所へ呼ばれてしまった為、覚悟を決めて彼女の元へ向かった。



 放課後。
「はぁ……疲れた……」
 生徒会室にて。ぐったりとした悠貴が生徒会長の机の上で伸びていた。
「お疲れ様でした。まさか、生徒会長が直々に転校生の学校案内をする事になったとは……」
 副島がそういうと、悠貴は「全くだよ」と嘆いた。
「本当、俺、ああいうキャラの女子、大の苦手なんだって……叶うのなら半径5kmくらいの距離は取りたい……」
「それは物理的に無理ですね」
「だよなぁ……はぁ……つーかなんで、女子じゃなくて男の俺なんだよぉ……」
 すっかり意気消沈してしまった悠貴。この様子だと、今日は生徒会の仕事に手をつけられなさそうだなと、副島は思った。
「それで、どうだったんですか? 学校案内は」
 副島がそう尋ねると、悠貴は顔を上げた。
「ん? まぁ、普通だったよ。転校ばっかりの生活だから、部活は入れないって言っていたけど、とりあえず一通りの部活は案内したし……教室も、一通り案内済み。あと、接点を持つであろう先生も紹介してきた……んで、分からないことがあったら誰かに聞けって言って逃げてきた……」
「成程」
 副島は思った。きっと悠貴のことだ、どんなに苦手な相手でも営業スマイルで接することが出来る、というスキルを持っているため、フォルビアのことも営業スマイル全開で学校案内したんだろうな、と。そして最後に「分からないことがあったら、俺でも誰でも良いので、気軽に聞いてください」と言って締めくくってきたんだろうなと、そこまで容易に想像がついた。
「つーか、一番しんどかったのがさ……」
 ぽつっと、悠貴が呟く。副島は彼の方に顔を向けた。
「あの人、よく分かんないけど、ちまっちま間に”私すごいんですよ、可愛いんですよ”アピールがすごくって……」
「あー……」
 これまた副島は察した。悠貴は見た目もそれなりに良く、校内でも上位に入る人気者。おそらくフォルビアもまた、悠貴のファンの一人になったのだろう、と。
「本っ当……ああいう女子、無理……」
 悠貴はそういうと、机に顔を埋めた。
「はぁ……おかげですみれと全っ然喋れなかったし……あー、すみれに会いたいよぉ……喋りたいよぉ……癒やされたいよぉ……」
 ぼそぼそと呟く悠貴。そんな幼馴染みの姿に、副島は思わずふっと笑ってしまった。
「そういうのは、ご本人におっしゃってくださいな」
「無理だよ……言えたらこんな苦労してないって……」
「でしょうね」
 副島がすぐに肯定する。すると、悠貴はそれが少し気に入らなかったのか、ムスっとした顔になった。
「……なんか、お前に言われるとムカつく」
「おや、心外ですね」
「なんか、こう……ムカつく」
 すっかり不貞腐れてしまった幼馴染みに、副島は「やれやれ」とため息をつく。さて、この幼馴染みをどうしましょうか……副島がそう思ったとき、いきなり生徒会室の扉が開いた。
「たのもー!」
 元気の良い……というか、どこか怒りを含ませた声が響き渡る。これはすみれの声だ。この声に、悠貴はガバッと起き上がった。
「あのさ、会長いる……って、いた!」
 すみれはそういうと、早足で悠貴の真正面に行く。
「ねぇ、悠貴! ちょっと聞いて欲しいんだけど――」
「ちょっと、お姉様! お待ちくださいですぅ!!」
 すると、すみれの後を六花が走って追いかけてきた。生徒会室に入ると、すみれの隣まで駆け込む。
「ぜぇ、はぁ……」
「……大丈夫か? 國松」
 息を切らす六花を心配する悠貴。
「それよりも聞いて! あのね!」
「うん、聞くけど。先に友達の心配をしてあげようね」
「転校生の髪色! あれ、どっからどう見ても校則違反だよね?!」
「おーい、俺の話を聞いてますかぁ?」
「あれはどう見ても、取り締まり対象だよね!?」
「ダメだこりゃ、聞いてないや」
 すみれの剣幕を物ともせず、やれやれという顔を見せる悠貴。一方、六花は副島に促され、近くの椅子に座っていた。
「で、ですから、お姉様……はぁ、はぁ……先生も仰っていました、が……ぜぇ、はぁ……」
「あの、國松……すみれは俺が抑えておくから、とりあえず息整えてから話してくれ」
 呼吸が整わないうちに無理して話そうとする六花を気遣いつつ、暴走しかけているすみれを止めにかかる悠貴。
「とはいえ、大方の事情は察したよ。すみれとしては、フォルビアさんの髪色は校則違反だから取り締まりたいと。だけど、先生方は取り締まらなくてもいい、と言い出したんだね?」
「そう! さすが悠貴!」
 悠貴の推理を褒めつつ、すみれは続けた。
「でもさ、いくら転校したばっかりで慣れていないからって、髪色を容認するのはよろしくないと思うんだよね! そういう例外を作っちゃうと、なんで転校生はいいのに、俺たちはダメなんだって――」
「はいはい、ストップストップ。一回止まってね」
 止まらないすみれの口の前に、掌をさしだして止めた悠貴。すると、流石のすみれも黙り込んだ。
「知っているとは思うけれども、俺、今日一日でフォルビアさんに学校案内したんだよ。その時に聞いたんだけど、彼女のご家族、どうにも転勤族らしくってさ。この学校にも、そう長くいないかもしれないんだって」
 悠貴がそう説明すると、すみれが「ふーん」と冷静な声で相づちをうつ。どうやら、少しは落ち着いてきた模様。
「それと、髪色の話は俺からもしたよ。勿論うちみたいに染髪禁止の学校にもいたけど、ここ最近はずっと、染髪OKの学校にいたんだって。だから、その名残らしくて」
「……ふむ」
「あとは、さっきも言っていたけど、まだ学校に慣れていないっていう点を諸々含めた上で、先生は取り締まらなくてもいいって言ったんじゃないかな?」
 ここまで説明すれば、すみれも納得してくれるはず……悠貴はそう思ってすみれの顔を見上た。すると……
「……でもやっぱり納得いかない!」
「えっ?」
「理解は出来るよ? 言い分は分かるよ? でも、それとこれとは話が別って言うか……理解できるけど納得いかないのー!!!」
 すみれは頭を抱えて叫んだ。いかんせん、すみれは根っからの風紀委員っ子であり、その背景には南雲家が全員警察官である、という事情が存在している。というか、すみれが風紀委員に所属している動機でもある。規律は守られるもの、という強い思いがすみれの中にあるらしく、どうしてもこういった不正を見逃すのが苦手なのだ。
「まぁまぁ。その代わり、服装チェックの時には容赦なく取り締まって構わないってなると思うから」
 そんなすみれの性格を承知しているからこそ、悠貴はそうフォローを入れる。すると、すみれは落ち着いたのか、俯いて「むー……」と唸った。
「……分かった。何かあったら会長責任にする」
「いや、ちょっと待って。せめて、先生に責任を持って行ってくれないかな。さりげなく俺の仕事、増やさないでくれる?」
 悠貴がそうツッコむも、すみれは聞く耳を持つ気配はなく。息が整って副島が出したお茶で一服していた六花をつれて、風紀委員室へと戻っていった。



 翌日。
「あ、おはよう、悠貴」
「おはよう、すみれ」
  朝、すみれといつも通り挨拶をする悠貴。そして自分の席に着くと、朝の支度を始めた。
「あ、そうだ。ねぇ、悠貴。あのゲームのことなんだけどさ」
 そして、悠貴が支度を終えた頃を見計らって、すみれが話しかける。
「あれさ、新キャラ出たじゃん。あれってやっぱり、操作難しいの?」
「ん? ああ、アレね。あいつは少し癖があるから、慣れるまでちょっと時間かかるかなぁ……」
「あー、そうなんだ……私には無理そう?」
「うーん……すみれ向けではないかな。でも、練習すれば使えるようになると思うよ」
 最近二人の間で流行っているゲームの話をしていると、そこに赤髪の女子生徒が現れた。フォルビアだ。
「おっはよ、会長」
「あ、おはよう、フォルビアさん」
 愛嬌たっぷりの笑顔で悠貴に挨拶をするフォルビア。
「あのさ、一時間目、移動教室なんだけど……場所が分からなくて」
 フォルビアに言われて、悠貴は教室の壁に貼ってある時間割を見た。
「ああ、一時間目は選択科目か……何の科目を選んだの?」
「えっとね……現代表現とかいう名前だったかな……」
 科目名を聞いて、悠貴はすみれを見た。
「そしたら、すみれと同じ教室だね。確かすみれも、現代表現とってたよね?」
「うん。六花と一緒にとってるから、三人で一緒に行こっか」
 すみれがそういうと、フォルビアは少しつまらなさそうな顔をする。しかし、少しの間をあけてから「お願い」と言って、自分の席に戻っていった。
「……何だろう、何か変なこと言っちゃったかな、私……」
「え? そう?」
「なんというか……まぁ、気のせいってことにしておくか……」
 なんとも言えない顔をするすみれ。隣で悠貴は首を傾げていた。



 お昼休みになった。
 今日は四人(すみれ、悠貴、六花、副島)で屋上で食べようと言うことになり、それぞれ現地集合ということで各々お昼の準備をしていた。悠貴も例外なくその一人だったのだが……
「ねぇねぇ、会長」
 声をかけられて振り返った。すると、そこにはフォルビアが立っていて。
「会長って、いつもどこでお昼食べてるの?」
 フォルビアに質問され、悠貴は弁当を手に持ちながら答えた。
「俺は、まちまちかな。その日によって場所を変えてるよ」
 悠貴の答えに、フォルビアは「ふぅん」と呟く。
「そしたら、今日はどこで食べるの?」
「今日? 今日は屋上だよ」
「へー、屋上か……いいなぁ……行ってみたいなぁ……」
 フォルビアの反応を見て、そういえば屋上を案内しなかったなと思い出す悠貴。
「ねぇ、私も一緒に行ってもいい?」
 そしてこの一言。悠貴は内心「げっ」と思ったが、特に断る理由も見つからず、つい持ち前の営業スマイル全開で「いいよ」と反射的に答えてしまった。そして、答えてから後悔した。
(あー、どうしよう……まぁでも、一対一じゃないからな。他の皆もいるし、なんとかなるか)
 悠貴は自分にそう言い聞かせ、フォルビアと一緒に屋上へ向かう。屋上につくと、すでに三人とも座り込んで話していた。
「ごめんごめん、お待たせ」
「あ、来た! 先生に呼び出されてたの?」
「いや、そうじゃなくて……」
 すみれに聞かれて、悠貴は自分の真後ろに隠れているフォルビアが見えるように、横にずれる。
「彼女に、一緒に屋上でお昼食べたいって言うから、一緒に来たんだ」
 悠貴がそう説明すると、すみれは笑顔を見せた。
「あ、いいね! フォルビアちゃん、一緒にお弁当食べよ!」
「よろしかったら、こちらへどうぞ」
 すみれが手招きをし、六花が少し移動して自分とすみれの間に隙間を作る。悠貴はいつもの位置……副島とすみれの間に腰を下ろした。
「それじゃ、お邪魔しまぁす」
 フォルビアはそういうと、折角六花が作った隙間を無視し、何故か副島と悠貴の間に割り込んだ。思わず固まる四人。
「へー、屋上ってこんな感じなんだ。いいね!」
 そんな中、一人盛り上がるフォルビア。悠貴とすみれは、慌てて相づちを打った。
「そ、そうなんだよ。今日は天気もいいからさ。それじゃ、早速食べよっか」
 すみれの一言で、全員それぞれの弁当を開ける。
「おぉ……相変わらず、見事なまでのしまえながちゃん弁当だね、すみれの」
「うん。最初こそ食べるのに罪悪感があったけど、最近は慣れてきたかな」
 悠貴がすみれの弁当をのぞき込む。すみれはそういうと、フォルビアの弁当を見た。
「あ、フォルビアちゃんのお弁当、可愛いね!」
 すみれが褒めると、フォルビアは胸を張った。
「そうでしょ? まぁ、このユーフォルビアミリーちゃんが身につけるものだから、当然なんだけど」
「あ、あはは、そうなんだ……」
 ちょっとクセのあるフォルビアの性格に、つい苦笑いのすみれ。思わず悠貴のお弁当に逃げた。
「あっ。悠貴のお弁当にぶどう発見」
「あ、見つかったか」
 すみれに言われて、笑う悠貴。ちなみに、ぶどうはすみれの大好物だ。
「思ったんだけど、悠貴のお弁当って、高確率でぶどうが入っているよね」
「そ、そうかな……たまたまじゃね?」
 悠貴は濁すように答えると、「いただきます」と言って早速弁当を食べ始めた。それに合わせて、他のメンバーも「いただきます」と言ってから食べ始める。
 そして、ある程度食べ進めた頃のこと。
「私ね、前の学校では――」
 フォルビアの昔話(という名の自慢話)が永遠と続く中、悠貴は自分のお弁当を見つめる視線に気がついた。今の悠貴のお弁当にはぶどうしか残っておらず、それに熱視線をむけているのは、もちろん――
「……食べる? ぶどう」
 悠貴がそう、視線の先――すみれに声をかける。すると、すみれは「ほえっ?」と変な声を上げた。
「いや、いいよ。この前も貰っちゃったし、それにお弁当片付けちゃったから……」
 控えめにすみれが断る。すると、悠貴はおもむろにぶどうを一粒手に取って、すみれに差し出した。
「どうぞ」
 悠貴がぶどうを差し出す。実はここ最近、悠貴のお弁当にぶどうが入っている狙いがここにある。お弁当にぶどうを入れてきて最後まで取っておくと、こうして毎回すみれが欲しがるのである。そして、そのタイミングで毎回ぶどうをすみれにあげているのだ。
 一方、すみれはしばらく悩むようにぶどうを見つめていたが……
「それじゃ、頂きます」
 そういって、悠貴の指から直接ぶどうを食べた。
「!?」
 その瞬間、声にこそ出ないが、思わず固まった悠貴。
(え、あ、ちょ……待って、今のって、もしかしなくても……”あーん”って奴じゃ……!?)
 頬に熱が集まってくるのが嫌でもわかる。悠貴は必死にその火照りを抑えようとした。一方のすみれは、大好物のぶどうが頬張れて嬉しかったのか、幸せそうな顔でぶどうを咀嚼していた。そんなすみれを見て「かわいい」なんて思ってしまったから、追い打ちをかけるよう表情筋が緩みそうになる。
(耐えろ、耐えるんだ、俺……!)
 今の悠貴に、周囲の音はほとんど入ってこなかった。そのせいか、フォルビアが不機嫌そうに悠貴を見ていたことに、全く気がつかなかった。



 放課後。
 すみれも悠貴もそれぞれ委員会に行った後の教室にて。フォルビアは教室で複数人の女子生徒と話していた。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「なに?」
 その会話の途中、フォルビアが質問を切り出した。
「会長ってさ、彼女いるの?」
 フォルビアの質問に、周囲が「あー」と唸る。
「いや、一応フリーだよ」
「一応?」
 言い方が気になったのか、その部分を繰り返すフォルビア。
「うん。会長、校内でもトップ5に入るくらいの人気者なんだけど……」
「いつも委員長と一緒にいるから、皆、あんまり積極的に行かないんだよねぇ」
 女子生徒達はそう言うと、お互いに顔を見合わせて笑う。
「ま、別にあの二人が付き合っている訳じゃないから、中には会長に憧れてアタックしている人もいるんだけど……」
「何というか……笑顔で受け流しているって感じだよね」
「まぁ、その笑顔にまたこっちも騙されちゃうって言うか、くらってきちゃうんだけどさ!」
 そういって、うなずき合う女子生徒達。
「……で、その委員長っていうの、誰なの?」
 フォルビアがまた質問する。すると、一人の女子生徒が答えた。
「南雲さんだよ。ほら、今日一緒にお昼食べてたでしょ? サイドテール(ポニーテールを耳の上あたりでしばっているヘアスタイル)の女の子」
「サイドテール……」
 言われて、フォルビアは思い出す。そうだ、今日のお昼に私の話も聞かず、会長とイチャイチャしていたあの女だ、と。
「ねぇ、名前は?」
「名前? フルネームは”南雲すみれ”だよ」
 名前を聞き出したフォルビアは、「ふぅん」と低い声で呟いた。
「すみれ、ねぇ……」
 そういったフォルビアの口元は、不気味に笑っていた。



 翌日。
「おはよう、すみれ」
「おはようございます! お姉様!」
「おはよ、悠貴、六花」
 すみれが教室に入ると、既に悠貴と六花が登校していたようで。すみれは挨拶をすると自分の席に着き、朝の支度を始めた。
「そういえば今日、一時間目の国語が体育に変わったんだよな」
 ふと、隣で悠貴が呟く。それを聞いてすみれが「え!?」と振り向いた。
「あれ? 入れ替わったのって今日だっけ!?」
「そうだよ? 先週からずっと言ってたじゃん」
 すみれのリアクションを見て、やれやれと言わんばかりの顔で答える悠貴。すると、すみれは「うわー」と嘆いた。
「やばい! 明日と勘違いして体操服持ってきてないよぉ!!」
 すみれのリアクションを見て、悠貴も六花も「やっぱり」と心の中で呟く。
「そしたら、俺のジャージ貸そうか?」
「え? いいの?」
「ああ。大きいとは思うけど、袖とかまくって調節してくれればいいからさ」
 悠貴はそういうと、鞄から体操着を取り出す。そして、ジャージだけすみれに差し出した。
「ごめん、ありがとう! 超助かった!」
「いいって」
 すみれが顔の前で両手を合わせて、「ありがとう!」と頭を下げる。すると、六花が残念そうに呟いた。
「本当でしたら、わたくしの体操着をお貸ししたいところなのですが……」
「ありがとう、六花。でも、六花と私じゃサイズが違うからね」
 しゅんとうなだれる六花の頭を、よしよしと撫でるすみれ。すると、六花の表情が一気にとろけた。するとそこに、赤髪の少女が近づいてくる。
「おはよう、会長」
「あ、おはよう、フォルビアさん」
 名指しされて返事をする悠貴。直後、フォルビアは何故か悠貴の机の前にしゃがみ込んだ。
「あのさ……私、まだこの学校の体操服が届いて無くて……」
 フォルビアの言わんとする所を察した悠貴は、それ以上聞くことなく聞き返した。
「それじゃ、前の学校の体操服を持ってきているのかな?」
「うん。ただ――」
「別に問題ないよな? すみれ」
 フォルビアの話を遮って、悠貴がすみれに尋ねる。話を振られたすみれは、少し考えてから頷いた。
「そうだね。まだ転校してきたばっかりだろうし、前の学校ので問題ないよ」
 すみれの話を聞いて、悠貴は笑顔でフォルビアを見た。
「だそうだから、気にせず前の学校ので大丈夫だよ」
 悠貴がそういうと、フォルビアは何故かもじもじし始める。
「でもさ……他校のジャージだと、目立っちゃうって言うか……」
 フォルビアはそういうと、チラッチラッと悠貴を上目遣いで見る。すると、悠貴は少し考えてから「あー」と言った。
「そういうことか……」
「そういう事って……他校のジャージだと一人目立っちゃうから、うちのジャージを着たいって事?」
 すみれが尋ねると、悠貴は頷く。
「だから、フォルビア、会長のジャージ、貸して欲いなぁって思って……」
「いや、ごめん。俺のジャージはすみれに貸しちゃってて」
 悠貴がさらりと断る。フォルビアがピキッと固まったが、悠貴はそれに全く気がつかないまま話を続けた。
「どうすっかなぁ……」
 悠貴が頭を抱える。すると、すみれが提案してきた。
「そしたら、隣のクラスの子に借りてくる? もしくは、保健室かどっかにあるであろう予備とか……」
 すみれがそういうと、悠貴は「そっか」と頷いた。
「それがいいね。隣のクラスの、できれば女子の方がいいよな」
「うん、ちょっと借りてくるよ」
 すみれはそういうと、六花と共に立ち上がる。すると、悠貴も一緒に立ち上がった。
「一応、俺も途中まで一緒に行くよ」
「ありがとう」
 すみれとやりとりをして、三人は教室を出る。そんな三人の背中を見送ったフォルビアは、悔しそうに親指の爪をかんでいた。
「……私の上目遣いが効かないなんて……!!」
 そう呟いたフォルビア。彼女から、強い闘志のようなものが強く醸し出されていた。
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