とある高校生の日常短編集
 体育の時間になった。
 男子は体育館でバスケットボール、女子も体育館でバドミントンをやっていた。
「……お姉様、動きにくくないです?」
「うん。袖と裾をまくりまくったからね! シワついたらごめんって言っておいたし!」
 悠貴のジャージで体育に臨んでいたすみれは、六花の質問に意気揚々と答える。それを見て、六花はふふっと笑った。
「それにしても、フォルビアさんの体操服、借りられてよかったですぅ」
「そうだね。隣の風紀委員の子に頼めて本当に良かったよ」
 六花とすみれはそういうと、当校のジャージを着てバドミントンをこなすフォルビアを見る。すると、六花がすみれの腕をつんつんとつついた。
「どうしたの?」
 すみれが尋ねると、六花が声を潜めて話しかけてきた。
「何となく、ですが……お姉様、あのお方にはお気をつけくださいませ」
「あのお方ってのは、フォルビアさんのこと?」
 すみれに聞かれて、六花は頷く。
「上手くお言葉に出来ないのですが……何となく、第六感と言いますか……直感で、そんな気がするのです」
 心配そうに言ってくる六花。すると、すみれは破顔した。
「分かった、ありがとう」
 すみれが笑顔で言うものの、六花の表情は晴れない。
「ほら、次は六花の番だよ」
「え? あ、本当です! お姉様、行ってまいります!」
 六花はそういうと、すみれに一礼してコートに向かっていった。そんな六花の姿を見て、やっぱり六花は良家のお嬢様なんだなとつくづく実感するすみれ。
「よっ」
 そんなすみれに、背後から声をかける人が。驚いて振り返ると、体育館の中央に設置されているネット越しに悠貴が話しかけてきたのだ。勿論、隣には副島もいる。
「あ、悠貴! 副島君! 試合終わったの?」
「今さっきな。それより、今のところ大丈夫か?」
 悠貴に尋ねられて、すみれは首を傾げる。
「悠貴のジャージが、さぞかし大きくて動きにくくはないか、という確認です」
 すると、副島がさらっとフォローを入れてきたので、すみれは納得して返事をした。
「うん、大丈夫! 裾も袖もまくりまくったから!」
「そっか、良かった」
 すみれが笑顔で言う。すると、悠貴もつられて笑顔になった。
「それにしても、やっぱり男子のって大きいんだね」
「だろうな。そもそも体格からして違うだろうし」
「なんか、ぱっと見は同じに見えるからさ……ちょっと意外なんだよね」
 そう言って二人で世間話に花を咲かせるすみれと悠貴。すると、副島が口を開いた。
「まぁ、悠貴はもともと大きい方ですからね……そういえば、服の大きさ以外に何か気になることはありませんでしたか?」
 副島の質問に、すみれは「うーん」と考える。そして数秒後に「あっ」と声を上げた。
「当たり前っちゃ当たり前なんだけど……こう、着るときにふわっと悠貴の香りがしたんだよね。だから、こう、悠貴に包まれているなぁ、みたいな――」
 ここまで話して、すみれがピタッと止まる。そして、だんだん顔が赤くなっていくのが見て取れた。副島がちらっと隣を見れば、悠貴も耳を真っ赤にしているではないか。
「あああああっと! えっと! い、今の無し! 今の無しで! 忘れて!!」
 慌てて叫ぶすみれ。悠貴も「お、おう」と言ってそっぽを向く。そんな二人を見て、副島の中の加虐心に火が付いた。
「それにしても、本当に南雲さんには大きそうですね、そのジャージ。まるで”彼シャツ”のようで……」
 ほんのり口角を上げて言う副島。すると、すみれと悠貴の顔が更に赤くなった。
「彼シャ――!?」
「和春! お前ちょっと黙っとけ!」
 動揺するすみれと悠貴。すると、副島は悠貴に向かって「何故ですか?」としらを切った。
「だから、その、えっと……と、とりあえずあっちに戻るぞ!」
「かしこまりました」
「それじゃ、後でな、すみれ」
 悠貴はそういうと、副島を連れて立ち去る。すみれも小さな声で「う、うん」と返し、必死に火照る顔を冷まそうとしていた時だった。
「ねぇ」
 不意に声をかけられる。誰を呼んでいるのか分からなかったが、とりあえず振り返ってみると、そこにはフォルビアが不機嫌そうな顔で立っていた。
「あ、フォルビアさん……」
「あなたよね? 南雲すみれっていうの」
「え? あ、うん。そうだけど」
 高圧的な口調で言ってくるフォルビアに、すみれは首を傾げる。すると、フォルビアは苛立たしげな顔を見せた。
「そんな地味でダサい名前のくせに、よく堂々としていられるわね」
 この一言に、すみれは固まった。というか、フォルビアの言わんとする所を全く理解できなかった、という方が正しいのだが。
「あなたみたいな、地味なシワシワネーム女が、会長と釣り合うだなんて思わないことね」
「え?」
「会長が優しいからって、つけあがっているみたいだけど……会長に釣り合うのは、この可愛く可憐でゴージャスな私、ユーフォルビアミリー様なんだからね、覚えておきなさいよ」
 フォルビアはそういうと、すみれに背を向けてどこかへ行ってしまう。そんなフォルビアの背中を、すみれはぽかんと見送った。



 体育の後。
 すみれは着替えを終えると、ジャージを持って教室に戻り、悠貴に声をかけた。
「悠貴、ジャージありが――」
 そこまで声をかけたとき、ふとフォルビアの声がすみれの脳内に再生される。
 ――あなたみたいな、地味なシワシワネーム女が、会長と釣り合うだなんて思わないことね――
「……すみれ?」
 急に固まったすみれを見て、心配そうに声をかける悠貴。すると、すみれは「あ、ごめん」と仕切り直した。
「ジャージ、ありがとね。でも、汗かいちゃったから洗って返す」
「え? 別にいいのに――」
「いいから! そういうことで、このジャージは預かります」
 いつもの笑顔で悠貴と話すすみれ。しかし、悠貴はどこか怪訝そうな顔をしている。すると、そこにフォルビアがやってきた。
「か~いちょう! ジャージ、ありがとう!」
 フォルビアが来た瞬間、すみれは「それじゃ!」と言って自分の席に戻る。悠貴はそんなすみれの背中を不思議そうに見送っていた。
「会長?」
「え? あ、ごめん、フォルビアさん。それで、何だっけ」
 悠貴が聞き直すと、フォルビアがジャージを悠貴に差し出した。
「だから、ジャージありがとうって! おかげで目立たなくて済んだよ!」
 そういってにっこりと笑うフォルビア。
「それにしても、会長って本当に優しいよね。困っている時は必ず助けてくれるし」
「え? いや、そうでも……」
「それに、皆からすっごい信頼されているんでしょ? さっすが生徒会長だね!」
 笑顔のまま悠貴を褒めちぎってくるフォルビア。悠貴は何て返せば良いのか分からず、とりあえず営業スマイルで「ありがとう」とだけ返した。
「あ、でも、これ、借りてきたのって会長じゃなくて、あっちだったよね」
 ふと、フォルビアが真顔になる。
「あっち……?」
「だよね? シワシワネームのす・み・れ・さん!」
 悠貴の反応を他所に、隣に座っているすみれに声をかけたフォルビア。すると、すみれは一瞬そっぽを向いた、観念したようにこちらに振り向いた。
「……私の方で返しておくから、置いといてくれればいいよ」
「ありがとう! 地味なシワシワネーム女子らしく、良い心構えね!」
 フォルビアはそういうと、すみれの机の上にジャージを放り投げた。それを見た悠貴は思わずガタツと立ち上がる。
「ちょっと、フォルビアさ――」
「あ、いっけなーい! 席に戻らないとチャイムが鳴っちゃう!」
 悠貴の事なんて何のその。フォルビアはそういうと、そそくさと自分の席に戻った。悠貴はそんなフォルビアの背中を睨んでいたが、すぐに我に返り、すみれを見た。
「すみれ、大丈夫?」
 気遣わしげに声をかける悠貴。すると、すみれは笑顔で頷いた。
「私なら平気だよ。名前の件だって、別段気にしてないし」
 そういって、机の上に乱雑に置かれたジャージをたたみ始めるすみれ。悠貴はそんなすみれを見て、悲しい気持ちになった。
「さて、確か隣のクラス、今日は体育が無かったから……これもまとめて、洗って返そうっと」
「……だったら、俺のジャージは持って帰るよ」
「大丈夫だって。それに、悠貴のジャージを洗って返すのは決定事項なので、覆せません」
 すみれはそういうと、ジャージをもう一式鞄の中にしまう。そんなすみれの姿が、悠貴には無理して気丈に振る舞っているように見えてしまい、いたたまれなくて仕方が無かった。



 翌日。
「おはよう」
「あ、おはよう、すみれ」
 登校してきたすみれが、悠貴に挨拶をする。そして、いつものように朝の支度をしているすみれをみて、悠貴は少し安心した。
(昨日の事、引きずっていないか不安だったけど……今のところ、大丈夫そうだな)
 そう思ってすみれを見ていた悠貴だったが、あることに気がついた。
「あれ? すみれの髪飾り、なんか変わった?」
 悠貴が尋ねると、すみれが「あ、気がついた?」と笑顔になる。
「これ、昨日の帰り道にたまたま見つけて買っちゃったんだ」
「へー。てか、この前も買ってなかったっけ?」
「そうなんだけど……可愛いのを見つけちゃうと、買いたくなっちゃうのが乙女心なの!」
 すみれはそう言うと、髪飾りを外して悠貴の前に差し出した。内側が黄色、外側が紫になっているシュシュだ。
「……なんか、パンジーみたい」
「でしょ? パンジーシュシュって書いてあったから、パンジーがモチーフなんだろうなって思って」
 笑顔で話すすみれ。それを見て、悠貴もつられて笑った。
「いいと思うよ。すみれっぽくて」
「ありがとう」
 二人で和やかに話していると。
「おっはよ! 会長!」
 聞き慣れた声に、すみれと悠貴の肩がビクッと揺れる。恐る恐る声の方を見ると、にっこにこ笑顔のフォルビアがいた。
「あ、ああ、おはよう、フォルビアさん……」
「ねぇ、見て見て! このピアス、可愛くて買っちゃったんだ!」
 フォルビアはそういうと、髪を持ち上げてピアスを見せた。金色で短いチェーンがついており、その先にはダイアモンドのような宝石がついていて輝いている。
「あ、ちょ、フォルビアさ――」
「ねー? 可愛いでしょ? ゴージャスな私にピッタリな感じで!」
 ドヤ顔で言い放つフォルビアだが、悠貴は青い顔をしていた。
「いや、そうじゃなくて……や、似合っているんだけど――」
「でしょ? ユーフォルビアミリーっていう名前に相応しい感じだよね!」
「えっと、その……そうじゃ――」
 悠貴はそういうと、ちらっとすみれを見る。直後、すみれが立ち上がってフォルビアの隣に立った。
「なぁに? 私のゴージャスさに嫉妬でも――」
「当校の校則には、”ピアスやイヤリング、ネックレスなどと言ったアクセサリー類の装着は禁止”という規定があります」
 余裕綽々のフォルビアに対し、淡々と語るすみれ。悠貴は「あちゃー」と額に手を当てた。
「な、何よ……」
「今回は初見と言うことで、厳しい取り締まりは避けさせて頂きますが――早急にピアスの取り外しを願います」
 淡々と真顔で語るすみれ。すると、フォルビアは目をつり上げた。
「なんで外さなきゃならないのよ! あ、分かった。自分がシワシワネームで地味だからって、ゴージャスな私に嫉妬したのね。悔しくてそんな事をいっているのね!」
 そういってすみれを睨むフォルビア。しかし、すみれは怯まなかった。
「私のことはいくらでもお好きに仰ってください。それよりも、校則違反となりますので、早急にピアスの取り外しをお願い致します。それが出来ないというのであれば、風紀委員の方で没収させて頂きますが」
 強い口調で言い放つすみれ。家族全員が警察官という家で育ったすみれは、人一倍規律に厳しい面がある。まぁ、ある意味その性格のおかげで風紀委員が務まってきたとも言えるのだが……一度スイッチが入ってしまったすみれは、止めるのが非常に困難になるのだ。
「な、何よ……あなただってつけているじゃない」
「私はピアスなどのアクセサリー類はつけていませんが」
「違うわよ! シュシュ!」
 フォルビアはそういうと、すみれの手の中にあるシュシュを指さした。
「シュシュおよび髪飾りに関しましては、派手過ぎなければつけてもいいという規定になっておりますが」
「し、知らないわよそんなの! 大体、人にアクセサリーを外せって強要するなら、自分だって外しなさいよね!!」
 フォルビアはそういうと、すみれをキッと睨む。そして、その視線をすみれのシュシュに向けた。
「大体、こんな地味でダッサいシュシュなんかつけちゃって! センスがしれてんのよ!」
 フォルビアはそういうと、すみれの手ごと、彼女のシュシュを平手で叩き落とす。すみれも悠貴も、驚いたように目を丸くさせた。
「ふん! いくら自分が地味だからって、何してもこの私に叶うわけ無いのよ! このユーフォルビアミリー様に!」
 そして、見下すように上からすみれを睨むフォルビア。すると、すみれはため息をついた。
「分かりました」
 短くそういうと、今し方叩き落とされたシュシュを拾い、そのまま自分の鞄に突っ込んだ。
「これでどうでしょう? 私はシュシュを片付けましたよ」
 じっとフォルビアを見るすみれ。すると、フォルビアはたじろいだ。
「フォルビアさん。申し訳ないけど、そのピアス、外して貰えないかな」
 すると、間に悠貴が入った。しかし、フォルビアは「なんで?!」と叫んで悠貴を見る。
「他の人にも同じように対応しているんだよ、風紀委員は。別にフォルビアさんだけじゃないんだ」
 悠貴はそのまま説明を続けた。
「本来なら、アクセサリー類は見つけ次第即没収としていたんだけど……今は、見つけても自分で取り外せば、ある程度は見逃して貰えるようになったんだ」
「で、でも……」
「そ・れ・に。本来なら、その髪色も校則違反なんだよ。だけど、まだ転校してきたばっかりってことで、多めに見て貰っているんだ」
 悠貴にここまで言われて、フォルビアは渋々ピアスを外した。
「すみれも、これでいいでしょ?」
「……まぁ、外して頂けたのなら」
 すみれはそういうと、自分の席に戻る。悠貴はそれを見送って胸をなで下ろした。一方のフォルビアは、その場でプンスカ怒っていた。
「もう! 折角私にピッタリの可愛くてゴージャスなピアスだったのに……!」
 そう言い残し、自分の席に戻っていく。悠貴はフォルビアがある程度離れたところで、すみれに話しかけた。
「ねぇ、すみれ」
「なに?」
「手」
「……手?」
 悠貴に言われて、すみれは両手を差し出す。すると、悠貴は先ほどフォルビアに叩かれていた方の手をとり、じっと見た。
「……大丈夫そうだね。痛くない?」
「ああ、アレね……あれくらい、何ともないって」
「それでも。また無茶されたら困るし」
「悠貴が心配性なだけだって~」
 すみれはそういうと、河豚のように頬を膨らませる。すると、それを見て悠貴が笑い出した。
「なにその顔……写メっても良い?」
「ダメ! 盗撮の容疑をかけるけど!?」
「あー、それは勘弁かな」
 悠貴がそういってにこっと笑う。すると、今まで仏頂面だったすみれの頬も、自然と緩んだ。



 放課後になった。
 あれから放課後まで、特にすみれとフォルビアの間でいざこざは無く、無事に放課後を迎えられたことに人一倍安心した悠貴。隣では、すみれが六花と話しており、少し離れたところで副島が荷物を持っていた。きっと生徒会室に向かうのだろう。さて、俺もこれから生徒会室に行こうかと、悠貴が鞄を肩にしょった時だった。
「か~いちょ~!」
 甘ったるい声で、フォルビアが悠貴の前に現れた。唇を不自然にとがらせ、何故かやや中腰の姿勢で話しかけてきている。
「ねぇねぇ、会長~」
 フォルビアはそういうと、悠貴の上着の袖をクイクイッと引っ張る。その瞬間、悠貴の顔からサーッと血の気が引いたが、フォルビアは気がつくこと無く続けた。
「あのさぁ、フォルビア、会長と一緒に帰りたいんだぁ」
 猫なで声で話しかけてくるフォルビア。今度は悠貴の背中に悪寒が走った。
「い、いや、俺、今日、生徒会があるから……」
「それじゃあ、生徒会が終わるまで待ってるけどぉ?」
「あー、ごめん……結構遅くなると思うし、待たせるのは申し訳ないか――」
「大丈夫! 会長と帰れるなら、ずっと待ってるから!」
 食い下がらないフォルビアに、冷や汗をかく悠貴。さて、どう撃退しようか……そう思ったとき、フォルビアの腕が動いた。両腕で胸の両サイドを押すように腕を組み、ブラウスの間に指を入れて、チラッと中を見せるように下に下ろす。
「だ・め・か・な?」
 そして、上目遣いで一言。
(……すみれより小さいな)
 悠貴の中で一瞬、全く別の思考が浮かぶ。直後それを必死にかき消し、打開方法を考えた。
「いや、本当に申し訳ないからさ。それに、他の人と帰る予定もあって――」
「それって、南雲すみれ?」
 不意にフォルビアがすみれを呼び捨てにし、悠貴は固まった。隣にいるすみれと六花も黙り込んでいる。
「思うんだけどさ、会長みたいなイケメンには、あんな地味シワネーム女子よりも、可愛くて可憐でゴージャスな私の方が、絶対に釣り合うと思うんだけどなぁ」
 フォルビアはそういうと、中腰をといた。すると、六花が振り向いた。
「ちょっと、フォルビアさん。今の発言は聞き捨てならないです」
「あら? なぁに? 私、本当の事を言ったまでだけど?」
 フォルビアはそういうと、不敵な笑みを六花に向けた。
「自分の名前に大層な自信があるようですけれども……だからと言って、人様の名前を馬鹿にする筋合いはございませんわ!」
 一方の六花は、そう叫んでフォルビアを見る。しかし、フォルビアは意に介さず、という顔をしていた。
「もしかして、あなたまで私に嫉妬しているの? ごめんなさいね、ゴージャスな名前で。羨ましいんでしょうけれども、あなた達のような平民にはおあつらえ向きじゃないわよ」
 そういって、フォルビアは鼻で笑った。すると、六花の表情が更に怒りで歪む。
「この人は……黙って聞いていれば――」
「ちょっと六花! いったんストップ!」
 見かねてすみれが止めに入る。すみれの後ろには副島が控えている。何かあったら、すみれの代わりに止めるつもりなのだろう。一方、六花は不服そうにすみれを見た。
「でも――」
「そうそう、しょうがないから一旦落ち着こう、國松」
 そんな六花に声をかけたのは、悠貴だった。全員、不思議そうに悠貴を見る。
「しょ、しょうがないって……?」
 すみれが気になる単語を繰り返す。すると、悠貴は笑顔で話を続けた。
「俺さ、転校初日からずっと気になっていたんだよ、”ユーフォルビアミリー”って言葉の意味」
 悠貴はそういうと、鞄を机の上に置いた。
「すみれや國松も気にしていたから調べてみたんだけど……あれって、”ハナキリン”っていう花の別名なんだね」
 悠貴がそういってフォルビアを見る。すると、フォルビアは得意気に胸を張った。
「そうよ。赤い可憐な花が特徴なの」
「そうそう。でね、調べているついでに出てきたんだけど……ハナキリンことユーフォルビアミリーの英名、つまり英語での名前、知ってる?」
 次いで出てきた悠貴の質問に、フォルビアもすみれも、他の人も首を傾げた。すると、悠貴の口角がくいっとつりあがる。
「花言葉がそのまま英名になっているんだけど、ユーフォルビアミリーの英名は”Kiss-me-quick”……”早く私にキスして”って意味なんだって」
「なっ!?」
 悠貴の話に、フォルビアの顔が真っ赤になった。その瞬間、話を聞いていた周囲のクラスメイトがざわつき始める。
「ねぇ、今の聞いた?」「フォルビアさん、妙に会長にしつこいって思ったら、そういう狙いだったなんて……」「まさかのキス魔だったんだ……」「ちょっと幻滅……」「てか、他の男子にも妙にあんな感じだったけど……」「そういう狙いだったんだ……」
 クラスメイトのリアクションに、明らかに動揺するフォルビア。
「おやおや、本物のユーフォルビアミリーみたいに真っ赤ですねぇ」
 一方の悠貴は、楽しそうにフォルビアを見て一言。その後、何かを思い出したようにすみれを見た。
「あ、そうそう。スミレの花言葉もついでに調べてみたんだ。確か、スミレ全般の花言葉が”謙虚””誠実”。紫のスミレには”愛”っていう意味があったよ」
 悠貴の言葉に、六花が「まぁ!」と両手を合わせた。
「まさに、お姉様の為にある花言葉ですぅ! 常に誠実で、しかし謙虚さを忘れない愛あるお方……」
「いや、それは流石に盛りすぎじゃ……」
 六花のリアクションにツッコみを入れるすみれ。しかし、周囲の反応は違った。
「でも、確かに南雲さん、誠実だよね」「分かる。特に校則に対する厳しさは”誠実”の一言!」「でもさ、普段は気取って無くて”謙虚”だよね」「まさに南雲さんにぴったりじゃん!」
 クラスメイトの反応に、すみれの頬が赤くなる。それを見て、六花が「お姉様、可愛いです」と嬉しそうに呟いた。
「余談ですが、國松の名前である”六花”は、雪の結晶のことですよね?」
 そこに副島が入ってくる。六花は副島の話に頷いた。
「よくご存じで。わたくしの名前は、雪の結晶の別名である”六花”からとられたものですわ」
 この話に、すみれも悠貴も、他のクラスメイトも「へー」と反応する。一方、フォルビアはそれどころでは無かった。
「な、なんなのよ、どいつもこいつも……!」
 慌てふためくフォルビア。それを見て、悠貴は口元をにやりと歪ませた。
「そういえば、俺と一緒に帰りたいって言っていたけど……あれは、俺にキスして欲しいからって意味なのかな?」
 悠貴が至極意地悪そうに言う。すると、フォルビアは真っ赤な顔をして首を左右に振った。
「な、何なのよ! もう! どうしてこんな、可憐で可愛くてゴージャスな私を――」
「ユーフォルビアミリーさん」
 叫ぶフォルビアを、名前を呼んで止める悠貴。フォルビアが「何よ!」と悠貴を睨んだが、彼の黒いオーラに押し黙った。
「この先、どのくらい一緒にいられるか分からないけれども……だからこそ、皆さんと”仲良く”やっていきましょうね?」
「は、はい……!!」
 悠貴の黒い笑顔に、フォルビアはそれ以上何も言わずへたり込んだ。



 ……あれからフォルビアはかなり大人しくなり、悠貴への過剰なアプローチやすみれへの嫌がらせも無くなったとさ。
 
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