とある高校生の日常短編集
借りパク
 ある日のこと。
 朝、いつものように登校し、いつものように朝の支度を整えて、のんびり過ごしていたすみれ。すると、隣に六花がやってきた。
「おはようございます、お姉様」
「おはよう、六花」
「本日も、お姉様はご機嫌麗しゅうようで、六花は幸せですぅ……」
「……相変わらず大袈裟だね……」
 六花の挨拶に、すみれは苦い顔をする。まぁ、毎朝の恒例行事なのだが。
「あら? お姉様、そのシャーペン……」
 ふと、立花がなにかに気がついたようで、すみれが持っているシャーペンを指さした。
「あ、気がついた? これ、この前出た、新作しまえながちゃんシャーペンなの!」
 すみれはそういうと、ニッコニコの笑顔を見せる。
「でね、これはラブラブしまえながちゃんシリーズの1つで、ラブラブしまえながちゃんシャーペンなんだ!」
「成程……それで2羽のしまえながちゃんが、あしらわれているのですね」
「そうなの! 可愛いでしょ?」
「はい、とても!」
 朝から仲睦まじくお喋りをするすみれと六花。すると、そこに1人の女子生徒がやってきた。
「おはよう、南雲さん、國松さん」
 挨拶してきたのは、クラスメイトの小暮(こぐれ)。すみれと六花は、小暮に「おはよう」と挨拶を返した。
「あのさ、今日、筆箱忘れちゃって……」
 小暮がそういうと、すみれと六花が「それは大変」と反応した。
「そしたら、私ので良ければ貸そうか? シャーペン」
 すみれはそういうと、早速筆箱の中をガサガサとあさる。そして、先程六花に見せたものとは違う、しまえながちゃんシャーペンを取り出した。
「わぁ! 可愛い! しまえながちゃんだ!」
「そうなの! 可愛いよね! これ貸すから、良かったら使って」
 小暮にシャーペンを差し出すすみれ。すると、小暮は遠慮なくそのシャーペンをとった。
「ありがとう、南雲さん」
「どういたしまして」
 小暮はそう言うと、さっさとシャーペンを持って立ち去ってしまった。
「……てか、シャーペンだけで大丈夫だっかな」
 その背中を見送ったあと、すみれが思い出したように呟く。
「シャーペンさえあれば、事は足りるかと思われますわ、お姉様」
「消しゴムも貸してあげればよかったかなって思ったんだけど……」
「あぁ……でも、シャーペンの後ろにも消しゴムはついていますし、何とかなさるのでは?」
 六花の反応に、すみれは「そうだよね」と頷く。
「それよりお姉様。大事なしまえながちゃんシャーペンをお貸ししても、大丈夫だったんです?」
 ふと、六花が尋ねてくる。すると、すみれは笑顔で頷いた。
「あれは前に使ってた奴だからね。今はこの、ラブラブしまえながちゃんシャーペンを使いたくって!」
 すみれはそういうと、もう一度六花の前に“ラブラブしまえながちゃんシャーペン”を差し出す。それを見て、六花は「そうですか」と笑った。



 翌日。
「ごめん、南雲さん! また筆箱忘れちゃって……ボールペン貸して欲しいんだけど」
 朝一。すみれの所にやってきた小暮が頼んできた。すると、すみれは笑顔で「いいよ」と筆箱の中から普通のボールペンを渡す。
「これ1本で3色入っているから、これがあれば間に合うと思うよ」
 すみれの言葉に、小暮はじーっと借りたボールペンを見つめる。
「……ボールペンは、しまえながちゃんじゃないんだ」
 そして小暮から呟かれた一言。それを聞いて、すみれは筆箱からしまえながちゃんボールペンを取り出した。
「勿論、しまえながちゃんボールペンもあるよ」
 そう言ってボールペンを見せるすみれ。すると、小暮は「いいなぁ」と呟き始めた。
「可愛いなぁ、しまえながちゃんボールペン……」
 じーっと見つめてくる小暮。すみれは正直、このボールペンを気に入っているため、あまり貸し出したくなかったのだが……
「……じゃあ、こっちにする?」
「いいの!? ありがとう!」
 言うが早いか、小暮はボールペンをバッと勢いよく取り替える。そして、そのまま「ありがとう」と席に戻って行った。
「……あ! 昨日のシャーペン返してもらってない!」
 そこで、すみれは思い出したように叫ぶ。それを隣で傍観していた六花が、口を開いた。
「でしたら、返してもらいに行きます?」
 六花に言われて、すみれは「うーん……」と唸る。そして、少しの間をあけてから答えた。
「まぁ、後ででいいかな。後でボールペンと一緒に返してもらえればいいし」
 すみれはそういうと、机の上に転がっている普通のボールペンを見つめた。どうやら、しまえながちゃんボールペンを貸したのを悔やんでいるようだ。
「おはよう、すみれ、國松」
「お2人とも、おはようございます」
 すると、そこに悠貴と副島がやって来た。
「あ、おはよう、悠貴、副島君」
「おはようございます、会長様、副会長様」
 すみれと六花も挨拶をする。すると、悠貴が「ん?」と首をひねった。
「朝からペンなんか広げて、何してんの?」
 悠貴に尋ねられて、すみれは「あー……」と呟く。
「小暮さんが、筆箱忘れちゃったっていうから、昨日はシャーペンを、今日はボールペンを貸してあげたんだけど……」
 そこまで言うと、すみれはしゅんと項垂れた。
「ボールペン、この普通の奴を貸したら、しまえながちゃんの方が良いって言われちゃって……本当は気に入っていたから、貸したくなかったんだけど……まぁ、返ってくるからと思って、貸したんだ」
 すみれの話に、悠貴は「そっか」と優しく返す。すると、その隣で副島が怪訝な顔をしていた。
「……南雲さん。筆記用具を借りにこられたのって、小暮さんというお方ですよね?」
「え? あ、うん。そうだよ」
 すみれの返事を聞いて、副島は簡単にお礼を言って考え込む。そして、六花を呼び、何か耳打ちをした。
「……」
 そんな2人を不思議そうに眺めるすみれ。すると、悠貴が話しかけてきた。
「そういえばそのシャーペン。この前のイベントでもらったやつなの?」
 悠貴に聞かれて、すみれは彼を見る。
「ん? 違うよ。あの時のイベントで出た“ラブラブしまえながちゃん”が、かなり大好評だったみたいで、シリーズ化したんだ!」
「へぇ。それじゃ、そのシャーペンは新作なんだ」
「そう! 可愛いよね!」
 ニッコニコの笑顔で話すすみれ。正直、悠貴にしまえながちゃんの可愛さはよく分からないが、すみれの笑顔につられて頷いた。



 翌日。
 また、小暮がすみれの所にやってきた。
「ごめん、南雲さん。また今日も忘れちゃって……」
 小暮の言葉に、すみれは心の中で「またか」とため息をついた。
「でも、南雲に借りたシャーペンとボールペンはあるんだ! だから、消しゴムを借りたいんだけど……」
 小暮に言われて、すみれは考えた。すみれは消しゴムを1つしか持っていないので、貸したくても貸せないから、断ろうかなと。念の為、筆箱の中を確認すると、案の定しまえながちゃん消しゴムが1つしか入ってなかった。
「……ごめんね、小暮さん。私、消しゴム1つし──」
「あっ! 可愛い! しまえながちゃん消しゴムだ!」
 小暮はすみれの話を聞くことなく、彼女の筆箱からしまえながちゃん消しゴムをひょいっと取り上げた。
「あっ! ちょ──」
「ありがとう、南雲さん! 借りるね!」
 小暮はそういうと、そそくさと自分の席に戻って行く。
「そんな……しまえながちゃん……」
 そんな小暮の背中を、すみれが涙目で見送った。
「おはよう、すみ……」
 そこに、登校して来た悠貴が現れる。いつも通り朝の挨拶をしようとしたが、涙目のすみれを見て思わず固まった。
「どうしたの? 何かあったの!?」
 荷物を自分の机の上に投げおいて、慌ててすみれに話しかける悠貴。すると、すみれは俯いた。
「……む……」
「む?」
「しまえながちゃん、消しゴム……借りられちゃった……」
 ひどく落ち込んだ声で話すすみれ。しまえながちゃん消しゴムを持っていかれたのが、よっぽどショックだったのだろう。
「……すみれの分の消しゴムはあるの?」
 優しい声で尋ねる悠貴。すみれは首を左右に振った。
「ちょっと待ってて。俺、予備あるから、それ持ってくるよ」
 悠貴はそういうと、自分の席に戻ってカバンから筆箱を取り出す。そして、消しゴムを1つ持ってすみれのところに戻った。
「ほら、これ使って」
「ごめん……ありがとう、ゆう──」
 すみれは悠貴から受け取った消しゴムを見て、息を飲んだ。
「これ……しまえながちゃんシール!?」
「え? あっ……!!」
 すみれの反応に、何故か「しまった」という反応をする悠貴。しかし、すみれは気にせず続けた。
「可愛い! これって、最初の方に出たしまえながちゃんシールの1枚だよね?」
「えっと、詳しくは知らないけど……てか、よく見ただけで分かるな」
「分かるよ! しまえながちゃんシール第一弾のシールで、台紙の色は緑! このシールは確か、左下の……そう! 木の枝の絵の傍に貼られているやつ!」
「いや何でそんな細かいところまで覚えてるんだよ。マニアックすぎて逆に怖いんだけど」
 悠貴のツッコミなど意に介さず。すみれは、悠貴の消しゴムに貼られているしまえながちゃんシールを、それはそれは嬉しそうに眺めた。
(しまえながちゃんシール付きの消しゴム……本当は俺の方でこっそり使おうと思っていたんだけど、間違えて渡しちゃうとは……)
 悠貴は心の中でそう思ったが、先程の落ち込んだ様子から一転、幸せそうなすみれの顔を見て、まぁいいかと自分に言い聞かせた。



 その日の昼休み。
 今日は屋上で食べていたすみれ達4人。食事の途中、六花が「大事な話があるのです」と神妙な顔で話し始めた。
「あの小暮という女子生徒……やはり、噂のお方でした」
「噂?」
 六花の言い回しに、悠貴が首を傾げる。
「昨日、副会長様に言われて調べたのですが……あのお方、色んな人に物を借りては返さない人だそうなんです」
 六花の話に、すみれが「えっ!?」と声を上げた。
「故に、ついたあだ名が“借りパク女子”」
「借りパク女子……」
 六花からの衝撃的な話に、すみれの顔色がどんどん青くなっていく。
「てことはつまり……私が小暮さんに貸した、しまえながちゃん達は……」
 すみれが絶望的な顔で言う。
「……今のところ、返ってくる可能性は低いでしょうね……」
 そして、その続きを副島が口にする。すると、すみれが「そんなぁ……!」と絶叫し、そのままがっくしと肩を落とした。
「ちょっと! お姉様を傷つける発言は慎みくださいです!」
 六花が副島をキッと睨むが、副島は特に気にした様子はなく。
「とはいえ、このまま小暮さんを放置する訳にはいかないですよね」
「ああ……何とか手を打ちたいところだけど……」
 副島に言われて、悠貴はジュースを飲みながら答えた。
「とりあえず、これ以上小暮さんに物を貸さないこと……応急処置程度だけど、今できるせめてもの抵抗がこれかなぁ」
 悠貴の言葉に、すみれは肩を落とす。
「それが出来たらいいんだけど……毎日“忘れたから貸して”って言われるとさ……」
「あー……確かに断りにくいか……」
 悠貴がそういうと、すみれは小さく頷く。
「それに今日だってさ、消しゴム、1個しか持ってなかったから、本当は貸したくなかったんだけど……見つけるなり持っていかれちゃってさ……」
 すみれの話に、悠貴と副島は思った。すっかり小暮のターゲットにされているなと。
「なんつーか、強引に借りパクしに来ているわけか……」
 悠貴はそういうと、「うーん」と唸る。すると、副島が提案してきた。
「もし悠貴さえよければ、明日、一緒に登校してみては?」
 副島の提案に、悠貴は「え?」と瞳を瞬かせる。
「南雲さんの方で断りにくいのであれば、第三である悠貴が断ればいいのではないかと、思ったのですが……」
 副島の説明に、悠貴は成程と頷く。
「それに、ワンチャン俺が抑止効果をなすかもしれないし……やってみる価値はありそうだな」
 悠貴がそういうと、副島はすみれを見た。
「いかがですか? この提案」
「ありがとう。悠貴さえ迷惑じゃなければ、お願いしようかな」
 すみれの返事を聞いて、悠貴は「OK」と返した。



 翌日。
 元々地元の最寄り駅が一緒ということで、朝の電車から一緒に登校したすみれと悠貴。ちなみに、地元の最寄り駅から集まろうと提案したのはすみれの方だ。
「さて……今日も来るかね、小暮さん……」
「さぁな……でも、今日は阻止したいところだよな、借りパク」
 すみれと悠貴でそんな話をしながら、教室に入る。すると、既に六花と副島も来ていた。
「あ、六花、副島君。おはよう」
「おはようございます、お姉様、会長様」
「おはようございます、お二人とも」
 すみれの挨拶を返す六花と副島。悠貴は「へー」と言いながら副島に近づいた。
「今朝は会わなかったなーって思ったら、もう来てたんだな」
 悠貴がそういうと、副島が彼の耳元に口を寄せた。
「朝からデート、いかがでしたか?」
「なっ……!?」
 副島の耳打ちに、悠貴の顔が赤くなる。
「あのな、お前、朝っぱらから何つー発言を……!!」
 動揺してか、悠貴は副島の耳を掴もうとする。しかし副島は、それをさらりとかわした。
「どうしたの? 二人とも」
 そんな二人を見て声をかけるすみれ。すると、悠貴は「あー、いや! なんでもない」と笑って誤魔化した。
「それじゃ、朝の準備だけしちゃおっかな」
 すみれはそういうと、自分の席に向かう。悠貴も自分の席──すみれの隣の席へ向かった。その後に、六花と副島も続く。
「あ、そうだ。悠貴、昨日は消しゴム、ありがとうね」
 席に着くなり、すみれは思い出したように筆箱を取り出す。そして、中から消しゴムを取りだし、悠貴に渡した。
「あー、そういえば、帰りにバタバタしていて、すっかり忘れて――」
 悠貴はそういって消しゴムを受け取ったが、途中でフリーズする。悠貴が突然止まったことに、すみれは首を傾げた。
「どうしたの?」
 すみれが尋ねると、悠貴は少し間をあけてから切り出した。
「……あのさ。やってないとは思うけど……この消しゴムのカバー、外したりした?」
 何故か神妙な顔で尋ねてきた悠貴。すると、すみれは首を傾げながら答えた。
「勿論……そんなことしてないけど……?」
 すみれの答えに、悠貴は「だよね」と言って安堵の息をつく。それを見たすみれは、なんだか消しゴムのカバーを外して見ておけば良かったかな、という加虐心を燻らせた。
「……なんか、そう言われると、見ておけば良かったかも……」
 すみれがそういうと、悠貴は勢いよく首を左右に振った。そして、右の掌をすみれに見せるように差し出す。
「いや、あれは絶対に見ない方が良い」
「そうなの?」
「うん。むしろ、見なくて良い」
「なんか、そう言われると余計に気になるって言うか――」
「南雲さん!」
 すみれの声をかき消して、一人の女子生徒が現れた。無論、小暮である。すみれと悠貴は「来たな」とつい身構え、副島と六花も二人に近づいた。
「あ、おはよう、小暮さん」
 すみれは平静を装い、いつものように挨拶をする。悠貴も副島も六花も、愛想の良い笑顔で小暮に挨拶をした。
「あのね、昨日借りた消しゴムなんだけど、間違えて家に持って帰っちゃって……そのまま忘れてきちゃったんだよねぇ」
 小暮はそういうと、すみれの手元や持ち物をジロジロ見る。どうやら、昨日同様に強引に何かを借りパクするつもりのようだ。
「昨日の夜までは覚えていたんだけど、朝起きてバタバタしているウチに忘れちゃって……今日も借りたいんだけど、いい?」
 小暮がそういうと、すみれは笑顔で返した。
「ごめん。貸せる消しゴムは無いんだ」
 さっぱりと言うすみれ。すると、小暮が「えっ」と驚いた顔を見せた。まぁ、いいカモを見つけたと思ってたかりに来ていただろうから、容易に想定できるリアクションだな……と、悠貴と副島は心の中で思った。
「え? な、何? もしかして、南雲さんも忘れちゃったの? 筆箱、ここにあるのに?」
「うん。昨日小暮さんに貸した、あのしまえながちゃん消しゴムだけしかいつも持ってきてないんだ」
 にっこりと笑顔でいうすみれ。すると、小暮は焦ったように辺りを見回し、ある物を見つけた。
「って、南雲さん! ウソは良くないよ?」
 にやっと笑顔ですみれに言い返す小暮。すみれは何のことかと首を傾げた。
「会長が持っているこの消しゴム! しまえながちゃんのシール付き消しゴム! これ、南雲さんのでしょ? だったら――」
「あ、ごめん。これは俺の私物」
「……へ?」
 小暮が悠貴の手から消しゴムを取ろうとしたが、それよりも先に悠貴がひょいっと消しゴムを高く持ち上げた。
「ちょ、会長? 何言ってんの? しまえながちゃんなんていう、明らかな女子物、男子の会長が持っているとか――」
「おかしいかな? ダメなの?」
「いや、えっと……」
 悠貴に聞かれて、言葉を詰まらせる小暮。すると、悠貴はそのまま続けた。
「小暮さん。忘れ物をしちゃうのはしょうがないとは思うけれど、何事にも限度と礼儀ってのがあると思うんだよね」
 悠貴はそういうと、高く持ち上げた手を下ろした。
「まぁ、忘れ物の回数が異常なのは、百歩譲って見逃すとしても……人に返却もしないで、次から次へと”あれ貸して、これ貸して”は、感心できないかなぁ」
 悠貴がそう言うと、小暮が一歩後ずさる。
「え、えっと、それは……あ、そうだ! 南雲さんに借りたシャーペンとか、間違えて家に持って帰っておいて来ちゃったんだよ! だから、返したくても返せなくって――」
「あれ? でも昨日言っていたよね? ”この前借りた、シャーペンとボールペンは持っているから、消しゴムだけ貸して”って」
 すみれがそういうと、小暮の肩がぎくっと動く。
「あの時は、また筆箱忘れたからそのまま貸してって感じだったから、何も言わなかったけど……」
「南雲さん。その口ぶりからすると、”今まで返却のチャンスがあったにも関わらず”、借りられた物は一度たりとも返却されていないんですか?」
 すみれに合わせて副島が口を開く。すると、すみれは副島の質問に「うん、そうだよ」と頷いた。
「そういえば、わたくし、こんなお話を聞いたことがあるんです……小暮さんに貸した文房具類や髪飾り、ゲームのカセットやゲーム機器さえまだ返ってこないんだ、と……」
 そこに追い打ちをかけるように六花が話す。小暮はずるずると後退した。
「……小暮さん。これは一体、どういう事かな?」
 悠貴がにっこにこの笑顔で小暮に聞く。すると、悠貴の圧に押された小暮が逃げるように駆けだした……
「うわっ!?」
 ……のだが、途中で自分の机に引っかかり、机をひっくり返してしまった小暮。すると、中から色々な物が出てきた。
「あ! これ、私が貸したペン!」「これ、俺のゲームカセット!」「あー! 私のお気にのシュシュが!」「これ、俺が彼女にあげたネックレスじゃん!?」
 小暮が自分の机をひっくり返したことにより、机の中身と、不用心にも開けっぱなしだった小暮の鞄の中身の一部が床に飛び散る。すると、そこにクラスメイトの視線が一気に集まった。
「お姉様! これ……!!」
 直後、六花がしまえながちゃんシャーペンとしまえながちゃんボールペン、そしてしまえながちゃん消しゴムを拾い上げた。
「あれ? おかしいな。小暮さんの話だと、すみれから借りたものは全部、家にあるはずじゃなかったっけ?」
 悠貴がニコニコと小暮に近づく。一方の小暮は、机にぶつかったはずみで床にへたり込んでいた。
「おっと。これは一体何でしょうか? 」
「あ! それは――」
 そこに副島も参戦し、おそらく小暮のものであろう筆箱を拾い上げる。
「お伺いしますが、こちは何の入れ物ですか? 場合によっては、風紀委員長許可の元、中身を検閲させて頂きますが――」
「それは私の筆箱! だから見ないで!!」
 副島の声を遮るように叫ぶ小暮。しかしそのご、しまったといわんばかりの顔を見せた。
「……あれれ? 私、小暮さんから”筆箱を忘れたから”って聞いて、貸していたんだけどなぁ……」
 すみれの、どこか殺気のこもった声が教室に響く。すると、他のクラスメイトも反応した。
「私もそれ言われて、小暮さんに文房具貸したよ」
「私もー。消しゴムとかめっちゃ貸してあげたし」
 四面楚歌とはこのことか。小暮はあわあわと慌てだした。
「いや、だって、その……」
「ねぇ、小暮さん」
 あわあわとしている小暮の前に、悠貴はしゃがみ込む。名前を呼ばれた小暮は「ひゃいっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「とりあえず、全部返却させて貰うね?」
 悠貴の語尾が、「お前に拒否権は無いぞ」と遠回しに小暮に言っているようで、彼女はその圧に押されて何度も頷いた。すると、それを見たクラスメイトが自分の物の回収にかかる。
「はい、お姉様。お姉様の大事なしまえながちゃん達です」
「ありがとう、六花」
 すみれも、六花経由で無事しまえながちゃん文具を回収する。そして、返ってきたお気に入りの文房達をみて嬉しそうに笑った。悠貴はそれを横目で確認すると、立ち上がってすみれに向き直る。
「さて、この一件、どういたしましょうか。風紀委員長」
 そう呼ばれて、すみれは真顔になって悠貴の方を見た。どうやら、風紀委員スイッチが入った模様。
「そうだね……それじゃ、どうしてこんなにも借りパクしていたのか、事情聴取と行きましょうか」
 すみれはそういうと、しまえながちゃん文具を六花に預け、悠貴の隣に移動した。
「どうして色んな人から借りパクをしたのか、教えて頂けますね?」
 すみれはそう言うと、小暮は渋々話し出した。
「だ、だって……他の人が持っている物が、どうしても欲しくって……最初は本当に忘れ物をして困っていたから、借りてたんだよ? それに、その時はちゃんと返してた。だけど……人の物って、どうしても欲しくなっちゃって……」
 小暮の話を聞いてすみれは思った。成程、”隣のうちの芝生は青く見える”というやつかと。
「……折角の機会ですし、一つ、お教えしましょうか」
 すみれは、溜め息と共にそう切り出した。
「いわゆる”借りパク”というものは、言い換えると”人の物を借りたままずっと返さず我が物にする”という意味になります。これは刑法では”横領罪”にあたり、場合によっては最大懲役五年の刑罰が科せられるんです」
「懲役……!?」
 すみれの話を聞いて、顔を青くする小暮。
「ご希望でしたら、今ここで横領罪として裁いても構わないのですが……」
 真顔で続けるすみれ。すると、小暮は土下座のポーズをとった。
「すみません! すみませんすみません! 私が悪かったです! 借りたまま返さず、申し訳ありませんでした! もう、もう二度としないと誓います!! だから、だから……!」
 わめくように謝る小暮。すると、すみれは小暮の前にしゃがんだ。
「小暮さん。顔を上げて」
 優しい声で話しかけるすみれ。すると、小暮は「へ?」と言って顔を上げた。それを見て、すみれはにこっと笑う。
「貴方の謝意は分かりましたが、放課後、風紀委員室までご同行願いますね」
 まさに悪魔の笑顔、と悠貴は思った。一方、小暮は「ええー!?」と悲鳴を上げている。
「……まぁ、自業自得だな……」
 そんな小暮をみて、悠貴は苦笑いした。



 ……ちなみに。
 放課後、風紀委員室に同行という名の連行をされた小暮は、誓約書と反省文を書かされたそうだ。勿論その日以降、小暮の借りパクも無くなったという。
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