とある高校生の日常短編集
居眠りは許しまへんDay
「ふわぁ……」
「……随分と眠そうですね」
 いつも通りの登校風景。悠貴が欠伸をひとつこぼすと、副島が珍しそうに言った。
「いやぁ、実は昨日、ゲームやり過ぎちゃって……気がついたら朝だったんだよね……」
「要するに徹夜したんですね」
「そう……やべぇ、寝落ちそう……」
 歩きながらこっくりこっくりしている悠貴を見て、副島はヤレヤレとため息をつく。
「授業中に居眠りなど……生徒会会長としての威厳を損なうようなことは、お控えくださいね」
 副島が苦々しく言うと、悠貴は「大丈夫大丈夫」と手をヒラヒラと振った。
「むしろ、ちょっとくらい良くね? ”あ、生徒会長も授業中に居眠りするんだ、親近感わくなぁ”的な?」
「どんな屁理屈ですか……」
 副島が呆れたように言う。すると、悠貴はまた欠伸をこぼした。
「まぁ最悪、休み時間にでも──」
「あ、おはよう、悠貴! 副島君!」
 不意に背後から声をかけられる。悠貴と副島が振り返ると、にっこにこ笑顔のすみれがいた。
「おはようございます、南雲さん」
「おはよう、すみれ。何だか元気……というか、張り切ってる??」
 悠貴が尋ねると、すみれは嬉々とした顔で頷いた。
「そう! 今日は居眠り厳禁Dayだからね! 風紀委員長として、今日はビシバシ取り締まるぞーっ! って思って!」
 すみれの話を聞いた悠貴が、「げっ」と呟く。その隣では副島が「あーあ」と言わんばかりのため息をついていた。
「そ、そういやぁ、そうだったな……今日は居眠り厳禁Day……」
「そっ。んで、今回の罰則は、毎度のトイレ掃除プラス校庭の草むしり!」
 ルンルンで話すすみれ。一方、悠貴はどうしたものかと片手で頭を押さえた。
「……どうするおつもりですか? 悠貴」
 そんな悠貴をみて声をかける副島。すると、すみれがそれに反応した。
「え? 何かあったの?」
 すみれが尋ねると、悠貴が「あ゛ー……」と苦々しい声を上げる。
「いや、実は昨日、ゲームで徹夜しちゃってさ……くそ、すっかり忘れてた……」
 悠貴がそういうと、すみれは「ぷふっ」と吹き出した。
「成程なるほどぉ……これは、今日の悠貴から目が離せませんなぁ」
 すみれがニヤニヤ言うと、悠貴は「うるせぇ」とそっぽを向く。
「でも、生徒会長が居眠りで取り締まりを受けたら……」
「縁起でも無いことを……そんな事が起きてしまっては、我が校の恥以外の何ものでもありません……」
 想像しようとするすみれを、とても苦い顔でとめにかかる副島。すると、すみれは「うーん」と唸った。
「まぁ、悠貴に”絶対に寝ないぞ”っていう意志があるのであれば、私もある程度は協力してあげても良いけど……」
 すみれがそういうと、悠貴は期待に目を輝かせて彼女の方をがばっと見た。
「まじ!? それじゃ、俺が居眠りしても見逃して――」
「あげません。それは、きっちりかっちり取り締まります」
「……くそ、だめか……」
 すみれの態度に、思わず「ちっ」と舌打ちをする悠貴。しかし、すみれはそんな舌打ちごときでは怯まない。
「私が言う”協力”っていうのは、何か眠気覚ましのアイディアを出してあげるって意味の方ね?」
 すみれが笑顔で言う。すると、悠貴は「そっちか」と呟いた。
「とはいえ、私も風紀委員で取り締まる側だからね。あんまり贔屓できないんだけど……」
「大丈夫、気持ちだけでも嬉しいよ」
 少し困ったように言うすみれに、悠貴は笑顔で返す。そして、ふとすみれの頭を優しく撫でた。
「!?」
 突然の頭なでなでに、思わずフリーズするすみれ。悠貴がどうしたんだと思っていると、副島が口を開いた。
「……南雲さんは、小動物やペットじゃありませんよ」
「え? すみれがペットって……おわっ!?」
 一瞬、悠貴の思考が眠気にさらわれたようだ。無意識のうちにすみれの頭を撫でていたようで、我に返った悠貴は慌てて手を離した。
「ご、ごごごごごめん、すみれ! その、何というか、今のは寝ぼけてて……」
「あ、いや、その……うん、大丈夫。察しはついたから……」
 悠貴とすみれはお互いにそう言うと、顔を赤くして俯く。それを見た副島は、「これは使える」と心の中で呟いた。
「とにもかくにも、早く教室へ行きましょう。休み時間であれば、眠ってもいいんですよね?」
「うん。授業中でなければ大丈夫だから、朝のホームルームまでに仮眠を取るのもありかもね」
 副島とすみれの助言に、悠貴は「よっしゃ!」とガッツポーズを取る。
「そうとなりゃ、急いで教室に駆け込むぞ!」
「あ、ちょ、廊下は走っちゃだめだからね!」
 悠貴がさっさと歩き出し、その後を慌ててすみれが追う。そんな二人のあとを、副島はゆっくりと歩いて追った。



 朝のホームルームぎりぎりまで寝ていた悠貴は、ホームルームが始まる直前にすみれと副島に叩き起こされた。そして、ホームルーム後に早速授業が始まったのだが……
「……ということで、ここの文は、在原業平とおぼしき男による――」
 一時間目は国語。古典なのだ。悠貴はいわゆる理系で、国語や社会科などの文系を苦手としている。普段でさえ国語の、ましてや古典の授業は眠くなりやすいというのに、何故今日に限って古典があるんだと、恨めしそうに黒板を睨んでいた。
(やばい……眠い……さっき仮眠をとったはずなのに……)
 あまりの眠さに、うつらうつらとしてくる悠貴。
(これが数学だったら、まだ良かったんだけど……なんで……古典……)
「っ!?」
 意識が夢の中に入りそうになったとき。悠貴は何かの気配を感じ、思わず顔を上げた。その気配を探ろうとあたりを見回すと……
「ちっ……起きたか……」
 隣で悔しそうに言うすみれがいた。なるほど、先ほどの気配はすみれの視線か、と納得する。
「生憎、取り締まりを受けるつもりはないからな」
 小声で言い返すと、すみれは不敵な笑みを浮かべる。「それはどうかな」と言いたげな笑みだ。
(くそっ……絶対に寝るわけにはいかねぇ……ここで寝たら、すみれに笑われる……!)
 悠貴は意を決すると、授業に集中する。そして、睡魔に襲われる度に、自分の手の甲や太ももをつねって乗り切った。



 一時間目の国語が終わった。
「あぁ……眠い……」
 思わず机に突っ伏す悠貴。すると、隣の席のすみれが「お疲れ」と声をかける。
「でも、まだ一時間目だよ? 先はまだまだ長いからね」
 しかし、どこか楽しそうに悠貴に言うすみれ。
「このやろう……他人事だと思いやがって……」
 悠貴が恨めしそうに言う。すると、すみれは「えへへ」と笑った。
「くそ、可愛いな……でも、俺は騙されないからな……!」
 すみれに対して、力を込めて返事をする悠貴。すると、すみれがまた固まった。
「……すみれ? どうした?」
 悠貴が尋ねると、すみれは「あ、いや……」といい、顔を赤らめて視線を落とす。悠貴はすみれの様子に、首を傾げた。
「その……あの……か、可愛いとか……言うんだって、思って……」
「え? 可愛い――あっ!?」
 すみれの一言に、悠貴も思わず赤くなる。
(やばい! 眠くてぼーっとしているせいか、心の声がダダ漏れしてる……!!)
「や! あの、今のはその、何というか……こ、言葉の綾ってやつで……!」
「し、しししし知ってるよ、そのくらい! 悠貴が私のこと、そんな風に見てるわけないもんね……!」
 お互いに挙動不審になりながら会話をする。すると、そこに副島がやってきた。
「一時間目、お疲れ様でした……って、どうしたんですか? お二人とも」
 副島が真っ赤な二人を見て首を傾げる。すると、すみれと悠貴は声を揃えて「何でも無い!」と叫んだ。
「ふむ……何か面白いことを見落としたようですね……」
「そ、そんな事ねぇから! それより、何か用か?」
 がっかりしたように言う副島に、話題を変えるように話しかける悠貴。すると、副島がポケットから目薬を出した。
「眠気覚ましに何か無いかと思いまして……俺が使っている目薬を使えば、少しは目が覚めるんじゃないかと思ったのですが」
 副島はそう言うと、悠貴に目薬を差し出す。すると、悠貴は「サンキュー」と言ってそれを受け取った。
「それじゃ、早速試しに一滴つけてみるか」
 悠貴はそういうと、左目に一滴目薬を垂らす。直後、驚いたように勢いよく俯いた。
「ゆ、悠貴?」
 傍にいたすみれも驚き、心配そうに声をかけるすみれ。すると、悠貴はそっと目薬をすみれに差し出した。
「……すみれも、つけてみ?」
 悠貴に言われて、すみれも恐る恐る目薬を受け取り、左目に落とす。直後……
「っ――!!」
 思わず左目を片手でおさえるすみれ。
「ちょ、なにこれ……副島君、こんなにスースーする奴、つけてるの!?」
 よっぽど清涼感が強かったのだろう、目薬をさしていない右目も潤ませながら副島に言うすみれ。すると、副島は首を傾げた。
「そうですか? 俺はこれを毎日つけているので、特にそこまで感じないのですが……」
「慣れって奴か、恐ろしい……つーか、痛ぇ……涙が出るぅ……」
 悠貴もそう言うと、顔を上げて目をこする。その両目はすっかり潤んでおり……何だか悠貴の色気が、いつもより増しているように見えた。
「……何か、悠貴が無駄に色っぽい……むかつく……」
 そんな悠貴を見てぽつりと呟くすみれ。悠貴は、何を言っているんだと首を傾げた。
「そんな事ないだろう、俺が色っぽいとか。それよりも、すみれの涙目のほうが――」
 ここまで言いかけて、悠貴は押し黙った。
(や、やべぇ、危うく失言するところだった……!)
 何とか自分にブレーキをかけられて、安堵の息をつく悠貴。しかし、そんな事情などつゆ知らずのすみれが首を傾げた。
「私が、何?」
 すみれが尋ねる。すると、悠貴は「何でも無い」とわざとらしくそっぽを向いた。
「ねぇ、何? 教えてよー! 気になるじゃん!」
「だから、何でもないって」
「ケチー!」
 すみれがブーブー言うも、悠貴は心の中で「言えるわけないだろう馬鹿!」と返事をし、そのまま何も言わなかった。一方、悠貴の言わんとするところを察してしまった副島は、一人必死に笑いを堪えていた。



 午後の授業になった。
 午前中はありとあらゆる作戦を駆使し、なんとか乗り切った悠貴。しかし、午後一の授業でまた強烈な睡魔に襲われていた。
(やばい……弁当食った後で眠い……)
 そう、満腹感による睡魔だ。先ほどから色んな対策を講じているのだが、すぐに睡魔がおそってくるのである。しかもこの時間は――
「……ということで、この年に新たなる法律が――」
 悠貴の苦手な現代社会だ。国語の古典同様、この授業も普段から眠くなりやすいのだ。
(目薬はさっき使ったから、まだ無理だし……体つねっても一瞬の事で、すぐ眠くなる……どうする、俺……)
 悠貴の頭が、前後にカクンカクンと揺れる。意識は、あと少しで夢の世界へ飛んで言ってしまいそうな所にいた。
(……ああ、マジで寝そう……このまま寝たら……俺……一体……)
 悠貴の瞳が、完全に閉じたときだった。
 ガシャン!!
「!?」
 突然の派手な音に目を覚ます。目を開けると、床の上にしまえながちゃん文房具が散らばっていた。
「何だ、大丈夫か?」
「あ、はい、すみません! 筆箱を落としちゃって……!」
 その後聞こえてきたのは、驚いた教員の声と、申し訳なさそうなすみれの声。
「そうか、ならいいんだが……」
「すみません。気にせず続けてください」
 すみれは教員にそう言うと、席を立って散らばったしまえながちゃん文房具を集める。それを見て、悠貴も立ち上がり、一緒に集め始めた。
「あ、ごめん、ありがとう、悠貴」
「どういたしまして」
 小声でそんなやりとりをしながら、しまえながちゃん文房具を集める。そして、集め終わるやいなや、二人はさっと自分の席に戻った。
(はー、危機一髪……すみれが筆箱落としてなかったら、俺、寝落ちてた……!)
 心の中で、すみれのうっかりに感謝する悠貴。その後、なんとか授業の終わりのチャイムを聞き届けることが出来た。
「はぁ……危なかったぁ……」
 悠貴がそう言って机の上に伸びる。すると、すみれが隣から声をかけてきた。
「あともうちょっとで、完全に寝落ちそうになってたね」
 すみれに言われて、悠貴は頷く。
「本当、すみれがあのタイミングで筆箱落としたから助かったよ……」
 そこまで言って、悠貴はふと思った。何故なら、すみれが筆箱を落としたタイミングが、あまりにも良かったからだ。
(いや、俺の考えすぎだろう。俺のために、わざわざ大好きなしまえながちゃんを床に落とすとは考えにくいし)
 そう言い聞かせ、首を左右に振る悠貴。
「あーあ。悠貴は中々手強いなぁ」
「残念でした。そう簡単に取り締まりさせないぜ!」
 残念がるすみれに、悠貴は親指を立ててグーサインを見せる。
「ちなみに、今のところ引っかかった奴はいるの?」
 ふと、素朴な疑問を口にする悠貴。すると、すみれは「うーんと……」と少し考え込んだ。
「確か、すでに何人か出ていたね……あ、乗山君もその一人だよ」
 すみれの話に、悠貴は「まじか」と呟く。
(てことは俺、ここで寝たら、あの陽キャと同じ扱いになるって事か……)
 そう思い、悠貴は再度誓った。俺は絶対に取り締まられないように寝ないぞ、と。
「そうだ。悠貴、顔洗ってきたら? そしたら、少しは目が覚めるんじゃない?」
 ふと、すみれに提案されて、悠貴は「なるほど」と体を起こした。
「んじゃ、顔洗ってくるか……」
「その方がいいと思う。私も、飲み物買いに行ってこようっと」
 こうして、二人で廊下に出る。悠貴が水道で顔を洗っている間に、すみれは近くの自販機で飲み物を買って、また教室に戻った。
「はー! さっぱりした!」
「良い感じ?」
「おかげさまで」
 椅子に座りながら会話をする悠貴とすみれ。すると、すみれが悠貴に「はい」と飲み物を差し出した。
「……これって?」
「ブラックコーヒー。カフェインを取ったらマシになるんじゃないかなって思って」
 すみれの話を聞きながら、悠貴は飲み物を受け取る。そして、おもむろにキャップを開けて一口飲んだ。
「っ~~! 生き返るぅ……!」
 悠貴の様子に、安堵の息をつくすみれ。
「……これで、また落とさなくてすみそう……」
「え? 何か言った?」
「ん? 何でも無いよ?」
 すみれが何か大切なことを呟いていたような気がしたのだが、聞き返しても笑顔でさらりとかわされてしまう。悠貴はそれ以上追求したくもなったが、すみれがキャラメルマキュアートを飲み始めたので、とりあえず閉口した。
「さて、あと一時間で今日も終わりだね」
「あ、そうだな! よし、もう一息だ! ちなみに、次の科目は――」
 すみれに言われて、ルンルンで時間割を見る悠貴。時間割には「LHR」、つまり「ロングホームルーム」と書かれており……
「あー……今日のロングホームルームって、確か、お偉いさんの講演会だったよね……」
 ぽつりとすみれが呟く。すると、悠貴は落胆したように机に突っ伏した。
「くそ……何でったって最後にこんな難関がやってくるんだよ……!!」
 至極悔しそうに嘆く悠貴。
「しかもアレでしょ? リモート出演って奴で、教室でそのお偉いさんの演説を聞くってやつ」
「そうだった……せめて体育館に移動できれば、多少は眠気を飛ばせただろうに……!」
 ドンッと、少し優しく机を拳で叩く悠貴。すみれは苦笑い。
「あー……こうなったら、ブラックコーヒーで生き延びるほか道はないのか……」
 悠貴がそう嘆いたとき。副島と六花がやってきた。
「お・ね・え・さ・まぁ!」
「はいはい、人に飛びつかないの」
 お花を飛ばしながらすみれに飛びつこうとする六花を、片手であしらうすみれ。
「さて、今のところ寝てはいないようですが、様子は――」
 副島は、悠貴の様子をみてそれ以上言わなかった。言うまでも無かった、といったところだろうか。
「……この様子だと、次のロングホームルームが危うそうでね……」
 すみれがそういうと、副島が溜め息まじりに「成程」と呟いた。
「さっき、顔を洗ったりブラックコーヒーを飲んだりしてみたんだけど……次の授業が講演会だから……」
「普通の人でも睡魔と戦うお時間です」
 すみれにさらっと同調する六花。それを聞いて、悠貴が「言うなぁ!」とわめいた。
「でしたら」
 すると、そんな悠貴を見かねてか、副島がめがねの中央を中指でくいっと押し上げながら口を開いた。
「次の授業も無事に眠らなかったら、ご褒美をもらう、というのはいかがでしょうか?」
 副島の提案に、すみれが「おお、いいね!」と賛同する。
「確かに”取り締まられる”っていうプレッシャーだけよりも、ご褒美が貰えるってなったほうが、俄然やる気が出そうだよね!」
「ということで、何か希望はありますか?」
 すみれの話を聞きつつ、副島が悠貴に尋ねる。すると、悠貴はむっくりと起き上がり。
「……睡眠時間……」
 と呟いた。それを聞いて、すみれは「だよね」と苦笑い。しかし、副島はそれを聞いて何か考えていた。
「確かにそれも、今の悠貴には褒美に値するのでしょうが……それだけではちょっと……」
 副島の話に、悠貴が「んー……」と呟く。
「例えば、安眠できる環境で寝たい、といったような、具体的な内容の方がいいのではないかと思うのですが……」
「安眠……環境……」
 副島の話を聞いて、うわごとのように呟く悠貴。その後、悠貴は頬杖をついた。
「安眠……すみれの、膝枕……で……寝……た……」
 そういって、首がカクンと揺れる。すると……
「ひ、膝枕――」
「なんですってぇ~!?」
 六花が赤い顔のすみれから離れ、悠貴の両肩を掴んで揺さぶった。
「何を仰るんですか、このヘタレチキン会長が! お姉様の膝枕なんて、まだわたくしでさえ、して頂いたことがないのに!? 下衆である貴方が先だなんて、そんなの、そんなの――!!」
「あわがががが……!?」
 ガクンガクンと、先ほどまでとは違う意味で揺さぶられる悠貴。ある意味目が覚めそうだ。
「ちょ、ちょい、六花! 落ち着いて!!」
 そんな六花を、慌てて後ろから羽交い締めにして止めるすみれ。
「ほら、今日の悠貴は寝ぼけているから、冗談かもしれないでしょ?」
「だとしても――!」
「まあ、落ち着いてください、國松」
 すみれの制止も聞かずに暴れる六花に、声をかける副島。
「國松の場合は、逆にこう考えればいいんすよ。もし次の授業中に悠貴が寝たら、膝枕の一件は無効になるんです」
「はっ……つまり、こいつが寝るように念じていれば……!!」
「ちょっと副島君。さりげなく、えげつない事言っているけど大丈夫なの?」
 副島と六花の暴走を止めにかかるすみれ。しかし、その言葉は聞き入れられることなく……
「ちなみに、悠貴がここで寝た場合、膝枕の没収は勿論のこと、取り締まり対象となってトイレ掃除と校庭の草むしりの仲間入りですからね」
「お、おう……」
 副島の話しに、額を手で押えながら返事をする悠貴。どうやら、先ほどの六花の攻撃で目を回したようだ。
「え? てか今なんて言った? 取り締まり対象と――」
 ふと、我に返った悠貴が首を傾げる。どうやら、先ほどの発言はまたもや寝ぼけによるものだった模様。副島は溜め息をつくと、悠貴に耳打ちをした。
「……もし悠貴が寝なければ、ご褒美として、南雲さんに膝枕してもらえるんですよ」
「!!」
 副島の話に、悠貴の目が見開かれる……というより、輝いている、の方が正しいかもしれない。悠貴が副島に「まじかよ!?」と聞き返したとき、チャイムが鳴った。
「そういうことで、頑張ってくださいね」
 副島は悠貴にそういうと、六花と共に自分の席へと戻っていく。それを見送ったすみれは、自分の席についた。
(……何か、流れで悠貴に膝枕するってことになっちゃったけど……私、良いともダメとも言っていないんだよなぁ……)
 すみれはそう思いながら、ちらっと横目で悠貴を見る。すると、悠貴は何故が一人、ものすごい勢いで意気込んでいて……
(……とりあえず、私に拒否権はなさそうだな。めっちゃ張り切っているし……)
 そこに担任が入ってきて、号令がかかり、説明が始まる。
(あ、でも待って。膝枕って、どこでやるの? まさか、教室とか言わないよね? あ、やばい、どうしよう。教室とか言われたら無理なんだけど……ってか、どのタイミングで? いつ? 放課後すぐ? そ、それまでに心の準備とかしておかないと、い、色々と……あああああ……)
 モニターに人物が映し出され、講演会が始まる。しかしすみれは、一人ぐるぐる考え事をしていた。



 放課後になった。
「よっしゃー! 終わったー!」
 悠貴がガッツポーズを取る。すると、そばに来ていた六花が悔しそうに言った。
「なんで寝なかったんです!? こういう時に限ってこのヘタレ野郎は……!」
「いやぁ、眠かったんだけど……ずーっと視線を感じていたせいか、何か眠くならなくて」
 悠貴の言葉に、六花が「はっ!?」と呟く。
「もしや……わたくしの視線のせいで……!?」
「そういうこと。最も國松は、俺に”寝ろぉ!”って念を送っていたようだけれども……いやぁ、あの殺気には、流石に眠気も負けてくれたよ」
 清々しい笑顔で言う悠貴。六花は悔しそうに「失態ですぅ!」とわめいた。それを聞いて、副島が笑った。
「いやぁ、ご協力感謝いたしますよ、國松」
 副島の一言に、六花はまた「はっ」と言って彼を睨む。
「……もしやこれも、副会長様の作戦なんじゃ――」
「はい。おかげさまで、俺の読み通りの展開になりました」
 これまた爽やかな笑顔で言う副島。すると、六花は甲高い声で「悔しい!」と叫んだ。
「と、いうことで……」
 そんな六花に構うことなく、副島は三人に言い出した。



 あの後、副島に言われるがままに生徒会室へ来た悠貴とすみれ。本当ならすみれはこの後、居眠り厳禁Dayの集計などの仕事が待っていたのだが……
「俺が南雲さんの代わりに、風紀委員の仕事を手伝いますので……申し訳ありませんが、生徒会室で悠貴の仮眠を取るのを手伝ってください」
 と、言われ、生徒会室に来たのだ。生徒会室には既に何人かの生徒会役員が来ており……
「あ、お疲れ様です、会長!」
 そのうちの一人が、笑顔で悠貴とすみれを出迎えた。彼は、もう一人の生徒会副会長である二年生だ。
「副島先輩から伺っています。仮眠を取られるのでしたら、隣の生徒会資料室をお使いください」
 彼はそう言うと、生徒会室の中にあるもう一つの扉を開け、中に入るように促す。言われるがままに悠貴とすみれで中に入ると、生徒会副会長は「それでは」と扉を閉じた。
「……」「……」
 二人きりの状況に、思わず黙り込むすみれと悠貴。この沈黙をどうしたものかと、悠貴が打開策を考えていると、すみれが動いた。
 この生徒会資料室には、今までの生徒会が作ってきた資料などが棚にずらりと並んでおり、部屋の中央にはベッドソファが置かれているのだ。閲覧するときに座るため、という名目で置かれているが、実は生徒会役員の仮眠用としても使われており、ソファの端にはブランケットが置かれている。すみれは、そのソファの端にゆったりと座った。
「はい、どうぞ」
 すみれはそういうと、ぽんぽんと自分の膝を叩く。すると、悠貴は瞳を瞬かせた。
「……いいの? そんな、無理しなくてもいいんだよ?」
 悠貴がそういうと、すみれは「へーき」と返してきた。
「自業自得とはいえど、悠貴、今日一日、頑張っていたからさ……こんなんで良ければ、まぁ、ちょっとは付き合ってあげてもいいかなって……」
 そっぽを向いて話すすみれ。すると、悠貴は「そっか」と言って、すみれが座るソファに腰掛けた。
「それじゃ、遠慮無く」
 何か考えよう落としたが、それよりも眠気の方が強かったようで。悠貴はさっそく、すみれの膝に頭を乗せて横になった。
「……だ、大丈夫? 体勢とか……」
「うん、俺は平気。すみれこそ、何かあったら言うんだよ」
「う、うん」
 すみれはぎこちなく返事をすると、傍におかれているブランケットを手に取った。そして、横になっている悠貴の体に優しくかける。
「ありがとう」
「うん……お休み、悠貴」
「うん、お休み……」
 すみれが声をかけて程なく。悠貴からすやすやと寝息が聞こえてきた。よっぽど眠かったのだろう。
「……よく頑張りました」
 すみれはそういうと、悠貴の頭をそっと優しく撫でた。



 ……そして、そのまま一緒に眠ってしまったすみれ。二人が目を覚ましたのは、副島達が仕事を終えて生徒会資料室に顔を覗かせた時だったそう。
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