とある高校生の日常短編集
欲しがり少女
 ある日のこと。
 昼休みを迎えたすみれ達は、その日、廊下のベンチでご飯を食べていた。
「ふぅ……美味しかった」
 お弁当を食べ終えたすみれが、「ごちそうさま」と言ってお弁当を片付ける。すると、隣でお弁当を食べている悠貴が、すみれにぶどうを差し出した。
「すみれ。これ、食べる?」
 最早恒例行事と化しつつある、悠貴とすみれのぶどうのやり取り。悠貴は、ぶどうが大好物のすみれに、アプローチ(というより、接点探し?)の一環として毎回お弁当にぶどうを入れてくるのだ。
 すみれは目を輝かせて、ぶどうを見た。
「いいの!?」
「いいよ、多めに持ってきてあるから」
 悠貴がそういうと、すみれは「ありがとう!」と満面の笑みでお礼を言う。
「それじゃ、いった――」
「それ、貰って良いならちょうだい!」
 直後、すみれを遮って誰かが悠貴のぶどうを取り上げた。そして、そのまま口にぶどうを放り込む。
『……』
 すみれと悠貴は、思わず呆然とその人物を見上げた。
「んー! このぶどう、めっちゃ美味しい!」
 そういって幸せそうな顔をするのは、乾(いぬい)という女子生徒だ。
「会長、お金持ちって感じだもんね。このぶどう、超美味しいよ!」
 と、褒めてくる乾。しかし、悠貴もすみれも呆然としており、何も言い返せないでいる。
「ありがとうね! それじゃ、ごちそうさま!」
 そして、乾は風のように去って行く。悠貴もすみれも、何も言えずぽかんと見送ってしまった。
「……なんか、嵐のような人だったね……」
「うん……あの人、クラスメイトの乾さんって人だと思ったけど……」
 呆然と会話をするすみれと悠貴。そしてお互いに顔を見合わせると、同時に肩をすくめ、首を傾げた。



 翌日。
 休み時間になり、すみれは鞄からクッキーを取り出した。昨日、自作してきた物だ。
「ん? すみれ、お菓子作ってきたの?」
 隣の席の悠貴が尋ねると、すみれは頷く。
「うち、お菓子の持ち込みは規制がないからね。悠貴も食べる?」
 すみれはそういうと、悠貴にクッキーの入った袋の口を見せる。すると、悠貴は「いただきます」と言ってクッキーを一枚頬張った。
「……んー、相変わらず形が独特だねぇ」
「ちょ、しょうがないじゃん! これでも頑張っているんだよ、不器用なりに!」
「あはは、ごめん、知ってる。でも、味は美味しいよ」
「本当?」
「ああ。後で國松達にも配るのか?」
「うん。もう一袋あるから、お昼休みにでも配ろうかなって」
 和気あいあいと会話をする悠貴とすみれ。すると、そこに乾がやってきた。
「あ、風紀委員長! お菓子作ってきたの!? すごーい!」
「あ、乾さん! ちょっと形が歪なんだけど……良かったら食べる?」
 すみれがそういうと、クッキーの入った袋を差し出す。すると、乾は遠慮する様子も見せず「ありがとう」と言ってクッキーを取り出し、頬張った。
「んー! このクッキー美味しい!」
「本当? お口に合って良かった」
 すみれがそういうと、乾はおもむろにじーっとクッキーの袋を見つめる。
「……ねぇ、良かったらこのクッキー、袋ごと貰ってもいい?」
 思わぬ質問に、すみれは「え?」と固まる。
「えっと……」
 すみれはそういうと、袋と悠貴を見比べる。一方、見比べられた悠貴は不思議そうに首を傾げた。
(本当はこれ、まるっと悠貴にあげたかったんだけど……まぁ、一枚食べて貰ったし……)
 悩んだ末、すみれは乾にクッキーを差し出した。
「こんな歪な物でよければどうぞ」
 すみれがそういうと、乾は「やった!」と飛び上がって喜ぶ。
「ありがと、風紀委員長! 美味しく頂くね!」
 乾はそういうと、ルンルンで自分の席に戻っていった。それを見送ると、悠貴が不安そうにすみれに声をかける。
「……あれ、袋ごとあげちゃって良かったの?」
 悠貴の質問に、すみれは頷いた。
「さっきも言ったけど、六花達の分は別で用意してあるから」
 すみれがそう言ってきたので、悠貴もそれ以上は何も言えず、ただ「そっか」とだけ返した。



 昼休みになった。
 今日は教室でご飯を食べていた四人。四人とも食事を終え、食後の歓談を楽しんでいた。
(よし、今日は邪魔されずに、すみれにぶどうの餌付けができたぞ……!)
 悠貴も悠貴で、今日は無事にすみれにぶどうをあげられたようで、上機嫌だ。
「そういえば六花、髪飾りが変わったね」
 ふと、すみれが六花に話しかける。すると、六花は鞄から髪飾りを一つ取り出した。
「そうなんです。昨日、新しいのを買ったのですが、今朝いつものを付けてきてしまって……休み時間の間に、取り替えたんです」
 六花はそういって、今朝までつけていた髪飾りをすみれの前に差し出した。
「うわぁ……これ、高そう……ちなみにこれって……」
「はい。うちの傘下のお店からの、差し入れです」
 にこっと笑顔ですみれに答える六花。そう、六花の実家は國松財閥と呼ばれる、国内でもトップクラスの財閥で、主にブランド会社を傘下に抱えているのだ。
「ちなみにこの髪飾り、ここをこうすると……キーホルダーにもなるんです」
「へー! すごっ!」
「髪が長いときは髪飾りとして、切ってしまった後はキーホルダーとして使えるように、工夫された商品だそうです」
 六花の説明に、すみれは髪飾りをまじまじと眺めた。
「へー、成程。店側も、客に買って貰うために色々考えているんだな」
 悠貴も関心したのか、すみれと一緒にその髪飾りを見る。するとそこに、乾がやってきた。
「風紀委員長! 朝はクッキー、ありがとね!」
「あ、乾さん。どういたしまして」
「めっちゃ美味しかったよ! また作ってきて欲しいな!」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
 乾と楽しそうに会話をするすみれ。ふと、乾がすみれの持っている髪飾りを見つけて「あっ」と言った。
「それって……」
「あ、これ? 六花の髪飾りだよ。昨日新しいのを買ったのに、間違えて古いのも持ってきちゃったんだって」
 すみれが説明すると、乾はじーっと髪飾りを見つめる。その後、六花の方を見た。
「ねぇ、國松ちゃん。この髪飾りって、もう使わない?」
「え? これです? これは……」
「もし要らないなら、もらってもいい?」
 乾の相談に、六花とすみれは顔を見合わせた。
「ま、まぁ、別に、似たような物も自宅にあるので……」
 六花がそういうと、乾は「本当!? やった!」と喜ぶ。そして、すみれの手から髪飾りを取った。
「ありがとう、國松ちゃん!」
「え、ええ……」
 六花へのお礼もそこそこに、乾は髪飾りを持って立ち去った。
「……良かったんですか、あげてしまっても」
 すると、副島が口を開いた。
「どうしてです?」
「わざわざキーホルダーにして鞄につけているくらいだったので、相当のお気に入りかと思ったのですが」
 副島の質問に、六花は「そうですね……」と呟いた。
「確かに、お気に入りではありましたが……先ほども申したとおり、家に帰れば似たような物はまだありますし、アレにこだわりたければ、新調し直すまでです」
 六花の台詞に、思わずすみれが「おぉ……」と呟く。流石は数多のブランド会社を抱えるお家のお嬢様だ……と思ったのだろう。
「あ、それより、私、クッキー焼いてきたんだ。皆で食べない?」
 ふと、すみれが思い出したように鞄をあさる。そして、クッキーの入った袋を取り出した。
「まあ! お姉様のお手製クッキー……六花、感激です!」
「いや、大袈裟だって……それに、相変わらず形が歪だし」
「そんなことないですぅ、お姉様! それより、お姉様のお手製クッキーに”歪だ”なんて暴言を吐く生徒会長はどこのどいつです!?」
「ちょ、俺名指しかよ……」
 六花に睨まれ、悠貴は罰が悪そうな顔をする。それをすみれが「まあまあ」となだめた。



 翌日。
 朝、いつも通り登校して朝の支度を済ましたすみれ。そして、筆箱の中身を整理しようと机の上に文房具を並べていた。
(うーん……しまえながちゃんは全部取っておくとし……この普通のボールペン、どうしよっかなぁ……)
 中身の仕分けを終え、しまえながちゃん文房具は全て筆箱にしまい、それ以外の文房具を机の上に並べた。
(やっぱり、それぞれ予備で一本ずつ持っていた方がいいよな……誰かに貸す時が来るかもしれないし、急にしまえながちゃんが使えなくなっちゃうかもしれないし)
 そんなことを思いながら、文房具と睨めっこするすみれ。すると、そこに乾がやってきた。
「おっはよ、風紀委員長!」
「あ、おはよう、乾さん……って、早速つけたんだね、髪飾り!」
 すみれが笑顔で言うと、乾は嬉しそうに「うん!」と言って後ろを向く。
「それにしてもこれ、良い髪飾りだね。なんというか、高級そうっていうか……」
 乾が言うと、すみれは「だろうね」と言った。
「なんせ、六花の実家は数多くのブランド会社を抱えている大企業だから……それも、差し入れとは言っていたけれども、売り物だったら相当するんじゃないかな?」
 すみれの話に、乾は「えー!」と驚く。
「そ、そんなすごい奴なんだ……」
 乾はしばし呆然としていたが、徐々に表情が明るくなってきた。
「そっか……そんなすごい奴……」
 そういって嬉しそうに笑う乾。すみれは少し不思議に思ったが、まぁ確かに年頃の女子高生がブランド物を持ったら、誰でも喜ぶかと納得する。
「で、風紀委員長は何やってんの?」
 直後、乾が不思議そうに尋ねてきた。
「え? 私? 今ね、文房具を整理してたの。いらない奴とかないかなーって思って眺めてたんだけど……」
 すみれがそういうと、乾は机の上に置かれているすみれの文房具を眺めた。
「……あのさ、もし要らないのあったら、貰ってもいい?」
 そして一言。すみれは思わず瞳を瞬かせて乾を見た。すると、乾は慌てて話し出す。
「あ、いや、その! ほら、なんかまだ使えそうなのがいっぱいあるなーって思って! それで要らないんだったら、もったいないし? って思ってさ」
 乾は「あはは」と乾いた笑みで言う。すると、すみれは「そっか」と言って文房具と睨めっこした。
「うーん……そうだなぁ……あ、そうだ。このシャーペンはどう?」
「え? これ?」
「そう。あと、この三色ボールペンも全然使わないから、よかったらどうぞ」
 すみれはそういうと、乾にシャーペンとボールペンを差し出す。すると、乾は笑顔で「ありがとう!」といい、受け取るなり自分の席に戻っていった。
「……そんなにホイホイあげて、大丈夫なのか?」
 そんなすみれの背中に声をかける人物が一人。驚いてすみれが振り返ると、そこには悠貴と副島がいた。
「あ、悠貴、副島君。おはよう」
「おはようございます、南雲さん」
「おはよう、すみれ」
 挨拶を返した悠貴は、自分の席ことすみれの隣の席に座る。
「で、乾さんがどうしたの?」
「ん? だから、そんなに気前よくどんどんあげちゃっても大丈夫なんですかって、聞いたんだよ」
 そういう悠貴の顔は、どこか心配そうだ。以前、小暮(こぐれ)という女子に借りパク被害を受けたすみれを心配してのことだろう。
「大丈夫だよ。乾さん、基本的に”要らないならちょうだい”ってスタンスだから」
「あー……」
「これがもし、欲しいものとか大事な物をどんどん持って行くようであれば、考えるんだけど」
 すみれの話を聞いて、悠貴は「そっか」と言う。すると、二人の後ろに控えていた副島が口を開いた。
「……乾さんといえば、いつも誰かに”ちょうだい”とねだる人、という評判だそうですよ」
 副島の情報に、すみれと悠貴は「え?」と彼を見た。
「今は國松の髪飾りを付けていますが、その前は隣のクラスの女子から貰った髪留めを、ずいぶん長くつけていたそうです」
「へー……」
 副島の話を聞いて、相づちを打つ悠貴。一方のすみれは、何か考え込む仕草を見せた。
「まぁ、この手の話なら、國松の方が詳しいでしょうが……」
「あー、そうだな……國松、その気になると大量の噂話を持ってくるし……」
 そういって話し出す副島と悠貴。しかし、すみれはずっと考え込んでいた。



 その日の昼休み。
 今日は廊下のベンチで食べていたすみれと悠貴。ちなみに、副島は生徒会の仕事で、六花は先生に呼ばれてしまった為、二人での昼ご飯となっていた。
「じゃじゃーん! 見て見て!」
 食後になり、すみれは小さな手提げから個包装のケーキを取り出した。
「これってもしかして……!!」
「そう! この前悠貴が言ってたやつ! コンビニで見つけて買ってきたんだ!」
 すみれはそういうと、個包装の一つを悠貴に渡す。そして、もう一つを自分の膝の上に置いた。
「これが噂の、もちーずケーキ……」
「思ったより小さいんだね。はい、悠貴のフォーク」
「あ、サンキュー」
 すみれが悠貴にフォークを渡す。そして、早速二人して個包装を開封した。
「うわぁ……思った以上にチーズの濃厚な香りが……」
 悠貴の言葉に、すみれは頷いた。
「これ、相当チーズが濃厚だよね……!」
 すみれはそういって、早速食べようとフォークを構えた。
「それじゃ、いっただっき……」
 しかし、そこであることに気がつき、思わずフォークを下ろす。すると、隣にいる悠貴が首を傾げた。
「……どうしたの? すみれ」
「……いや、えっと……」
 すみれが気まずそうに悠貴に答える。その後、すみれは廊下の端の方に向かって声をかけた。
「よかったら一口食べる? 乾さん」
 名指しされると、今まで廊下の端からこちらをじぃーっと見つめていた乾が「ひゃい!?」と変な声を上げた。そして、いそいそとこちらに近づいてくる。
「い、いやぁ、ごめんね、風紀委員長……なんか、美味しそうな匂いがしたから、つい……」
 乾はそういうと、頭をぽりぽりと掻く。それを見て悠貴は納得した。確かに先ほどから視線を感じてはいたが……まさか、このケーキが狙いだったのかと心の中で苦笑いした。
「まぁ、結構いい匂いがするもんね。一口食べてみる?」
 すみれはそういうと、乾にフォークを差し出す。すると、乾は「ありがとう!」といい、フォークをすみれから受け取った。
「それじゃ、いっただっきまーす!」
 そして、ケーキにフォークを刺して”一口”……
「ん~! おいひぃ~」
「……」
 すみれは、乾の一口の大きさに絶句した。何故なら、乾がすみれのケーキの4分の3……いや、それ以上を食べてしまったからだ。
「ありがとう、風紀委員長! 美味しかったよ!」
「そ、そっか。それは良かった……」
 乾に引きつり笑いで答えるすみれ。その後乾は「それじゃ!」と言って、どこかへ消えてしまった。
「……私のケーキがぁ……」
 そして、すみれの口から嘆きの声が。悠貴は思わず同情した。
「……いやぁ、まさかの”一口”だったね……」
「確かに”一口どう?”とは言ったけど……私の分が、一口分になっちゃってるぅ……」
 泣き言を言うすみれ。すると、悠貴は自分のケーキを半分に切り、フォークをさしてすみれに向けた。
「ほら、俺の食べて良いよ」
 悠貴がそういうと、すみれは「へ?」といって彼を見る。
「でも、そしたら、悠貴の分が……」
「俺はいいよ。それに、買ってきたのはすみれだから」
 悠貴はそういうと、催促するようにフォークを少し前に出す。すると、すみれは少し考えるようにそのフォークを見つめていたが……
「……それじゃ、頂きます」
 そういって、悠貴の手を掴むと、そのまま自分の口元にケーキを運び、そのままパクッと食べてしまった。
「!?」
 すみれの予想外の行動に、顔を赤くする悠貴。
「んー! おいひー!」
 すみれはそういうと悠貴の手から自分の手を話し、もぐもぐと咀嚼しながら呟いた。
「これ、本当にチーズが濃厚で、超もっちもち……悠貴も食べてみてよ!」
「え? あ、お、おう……」
 すみれに促され、悠貴は残り半分のケーキをフォークに刺す。
(ちょっと待て……今のって、もしかしなくても”あーん”って奴じゃね? え? え?)
 しかし、先ほどの出来事が頭から離れないのか、フォークを刺したまま固まる悠貴。
(てか待てよ。このフォークって、さっきすみれが使ったフォークだよな。てことは、俺がコレを使って食べると……その、つまり……か、かかかか――)
「食べないの?」
「おわっ!?」
 いきなりすみれに声をかけられて、変な声を上げる悠貴。すると、すみれは驚いたように目を丸くさせた。
「あ、ごめん……そういうつもりじゃ、無かったんだけど……」
 すみれがしゅんとなる。すると、悠貴は慌てて弁解した。
「い、いや! こっちこそごめん! ちょっと考え事してて……」
 悠貴はそういうと、誤魔化すようにケーキを食べる。そして気がついた。
(あー!? 流れとは言えど、すみれが食べたフォークで食べてしまったぁぁぁ!!)
 悠貴のへたれ全開である。悠貴本人はひどく動揺しているが、すみれにそんな無様な姿は見せまいと、必死に平静を装った。
「美味しい?」
「う、うん? 美味しいよ! チーズが濃厚だな」
 そういって笑う悠貴。そして、改めてチーズケーキに視線を落とした。
(やばい、どさくさにまぎれてやっちまったよ……間接キス……あー、どうしよう……)
 高鳴る胸、熱くなる頬。自分自身の不甲斐なさに落ち込みつつ、必死に頬の熱を冷まそうとする悠貴。だから、隣ですみれも赤い顔をしていることに、全く気がついていなかった。



 次の日。
 いつも通り登校したすみれ。朝の支度をしていると、乾が登校してきた。
(あ、乾さんだ……って、あれ?)
 乾の姿を見たすみれは、首を傾げた。何故なら、昨日まで付けていた六花のお下がり髪飾りが無くなっていたからだ。
(副島君の話だと、前の髪飾りは随分長く付けていたって聞いたけど……六花の髪飾りは、気に入らなかったのかな?)
 そう考えるすみれだったが、なんだか腑に落ちなかった。何故なら、昨日髪飾りの話をしたときの乾の笑顔が、頭に焼き付いていたからである。
(というか、心なしかやつれているというか……なんか、具合悪そう?)
 心配そうに乾を見守るすみれ。一方の乾は、とぼとぼと自分の席についた。
「お姉様! おはようございます!」
「ん? あ、おはよう、六花」
 そこへ、六花がいつもの笑顔でやってくる。
「今日もお姉様とお話しできて、六花、とても嬉しいですぅ……それに、今日も何てお見目麗しゅうお姿……」
「いやだから、大袈裟だって毎日言ってんだけど」
 いつものやりとりをして、六花とのお喋りを楽しむすみれ。すると、そこに乾がやってきた。
「あ、おはよう、乾さん」
「おはようございます」
 すみれと六花が挨拶をする。すると、乾は元気のない声で「あ、おはよう」と返してきた。
「あ、あのね、國松さん……」
 ふと、乾が六花に話しかける。すみれは、珍しいパターンだなと見守っていた。
「この前貰った髪飾りなんだけど……あれって、他に要らない奴とか、貰えるやつとか、あったりする、かな……?」
 控えめに尋ねる乾。すると、六花は考え込んだ。
「そうです、ね……今のところ、どれも気に入っているので、お渡しできそうな物はちょっと……」
 六花の返事に、乾は「そうだよね」と呟いた。そして、表情が一気に暗くなる。
「……乾さん、大丈夫? 具合悪いの?」
 見かねてすみれが声をかける。すると、乾は「え?」と言って顔を上げた。
「あ、ご、ごめん! 大丈夫、大丈夫!」
「そう? なら、いいんだけど……随分としんどそうだったから……」
「あー……本当、大丈夫。気にしないで」
 笑顔で、いつもの口調で言う乾。すみれは、それ以上彼女に追求しなかった。
「それより、髪飾りがどうなさったんです?」
 六花が質問すると、乾は「あー……」と重たい声で言った。
「その……な、なくしちゃってさ。でもあれ、すっごく可愛かったから、もしまだお古があればーって思ったんだけど……うん、大丈夫」
 そういって、不自然な笑みを見せる乾。その笑みを見たとき、すみれはあることに気がついた。
「それじゃ! 朝からごめんね!」
 しかし、すみれがそれを指摘する前に、乾は逃げるように自分の席へ戻っていく。
「……どうしたんでしょうか、乾さん。なんだか顔色が優れないといいますか……なんだか変です」
「……ねぇ、六花」
 首を傾げる六花に声をかけるすみれ。六花はすぐすみれの方を向いた。
「何です? お姉様」
「一つ、調べて貰いたいことがあるんだけど……」



 数日後の放課後。
 すみれは、悠貴と共に校外に出ていた。
「……で、俺が抜擢されたわけか」
「というか、こういうの、他の人に頼みにくくて……」
 ひそひそと話しながら歩く悠貴とすみれ。理由は、ある人物の尾行をしているからだ。もちろん、その人物とは――
「あ、乾さん。ここで電車降りるみたい」
「よし、行くぞ」
 クラスメイトにして、色々な物をちょうだいとねだる、あの乾だ。すみれは悠貴に事情を説明して、こうして二人で尾行をしているのだが……
「……それにしても、乾さん家ってどこなんだろう」
「さあな……でもこの辺、普通の住宅街って感じだけど……」
 相手に気がつかれないように、慎重に尾行するすみれと悠貴。乾は二人の尾行に気がつくこと無く、とある一軒のアパートに入っていった。
「ここが、乾さんの住んでいる……」
「随分と古いっていうか……失礼だけど、かなりボロいな……」
「本当に失礼だね」
「だからそう言ったじゃん」
 二人でコソコソと話しながら、適当な場所を見つけて様子を伺うすみれと悠貴。すると、乾が玄関を開けて家の中に入っていくのが見えた。
「あの角部屋か……」
 悠貴がそういって、物陰から様子を伺う。
「ただいまぁ……」
 その後、乾の元気のない声が聞こえてきた。そっから先は、誰かと何かを話しているような声は聞こえるのだが、詳細までは流石に聞き取れない。
「……今のところ、何にもなさそうだけど――」
 悠貴がそういったとき。派手な物音が聞こえてきた。ガッシャン! という、まるで物を投げつけたかのような音だ。
「おわっ!? 何の――」
「こんの役ただずが!!」
「や、やめて!」
 すみれの声を遮って、男の怒声と女性の悲鳴が聞こえる。すみれと悠貴は、思わず乾のいる部屋の窓を見た。
「大体なぁ、俺のおかげでお前らは生きていられるんだぞ!? なのに何だ! その態度は!!」
「お父さん、やめて!!」
 男性の怒声と、先ほどとは違う女性の声……これは、乾の声だ。悠貴とすみれは顔を見合わせた。
「これ、どう見てもただの親指喧嘩じゃないよね……」
「ああ……下手したらこれ、警察沙汰になるんじゃ――」
 ガシャガシャン!
 悠貴の声を遮り、更に続く物音。すみれの肩がビクッと上下した。
「大丈夫? すみれ」
「う、うん。大丈夫。ちょっとびっくりしただけで――」
「逆らうなら出て行け!!」
「あなた! やめて!!」
「うるせぇ!」
「きゃあ!!」
 ドンッ! バタン!
 悲鳴と物音が聞こえる度、すみれの肩が震える。悠貴はそっとすみれを抱き寄せた。
「あ……」
「大丈夫。俺がいるから」
 悠貴が優しい笑顔でそういうと、すみれも笑顔で頷く。
(しっかしまぁ、なんとも不穏な家族だな……俺たちだけじゃ手に負えない内容だぞ、これ……)
 すみれを優しく抱きかかえながら、乾家の様子を伺う悠貴。物音と悲鳴は、あれ以降しなくなった。
「……お、収まった?」
「多分な……まだ油断できないけど」
 悠貴がすみれにそう答えたとき、乾家の玄関が開いた。そして、乾がトボトボと出てくる。
「あ、乾さん――」
「本当!?」
 悠貴の声に、すみれが反応する。そして、彼の腕の中から外の様子を伺った。
「どっか行くみたいだな……どうする? 後を追う?」
 悠貴に尋ねられて、すみれは少し考える。その後、意を決したように頷いた。
「追いかけよう。できれば、ここからもう少し離れた場所で、話をした方が良いと思う」
 すみれの言葉に、悠貴は「了解」と答える。そして、腕を解くと、乾の後を追いかけた。
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