とある高校生の日常短編集
ナンパされました
 「ナンパ」という言葉をご存じだろうか。男性が見知らぬ女性に声をかけて、遊びに誘うという行為の事だ。学校を終えた帰り道、その「ナンパ」に、すみれは遭遇してしまったのだ。
「ねぇねぇ君、俺らと一緒に遊ばない?」
「めっちゃ可愛いね! ていうか、美人って感じ?」
「スタイルめっちゃいいね! モデルやってんの?」
 三人の見知らぬ男に声をかけられて、至極嫌そうな顔で黙りこむすみれ。
(……っていうか、男子が一緒にいたのに、よく私に声かけてきたよね……)
 そう。すみれは悠貴と二人で下校している最中だった。悠貴が近くのコンビニに用があると言われ、すみれが外で彼を待っている時に声をかけられたのである。
(元々目をつけられていたのかな……それで、悠貴がいなくなった隙を狙って声をかけてきたのか……なんにせよ迷惑この上ないんだけど)
 ムスっとした顔で、男たちの口説き文句にそっぽを向き続けるすみれ。このまま黙り続けていれば、諦めてくれるだろうと期待しているのだが……
「どうしたの? さっきから黙りこくっちゃって?」
「あ、もしかして照れてんの? かーわいい!」
「てか、ツンデレってやつ?」
 ……むしろ、どんどん盛り上がっていくナンパ三人組。そろそろ我慢の限界に近付いてきたすみれが、彼らに鉄拳制裁を下してやろうかと拳を力強く握ったとき――
「お待たせ……って、これは一体……?」
 用事を済ませた悠貴が帰って来た。すみれは安心した。これできっと、この三人組はどっかに行ってくれるに違いないと。
「気にしないでいいよ。それより、早く帰ろう」
「え? あ、う、うん……」
 さっと、男たちから離れて悠貴の元に向かおうとしたすみれ。しかし、そんな彼女の腕を男の一人がつかんだ。
「うわっ……!」
「ちょっと、つれないなぁ。そんな冴えない奴より、俺らと一緒の方が絶対楽しいぜ?」
 男の言葉に、すみれは彼をキッと睨み付けた。
「離してください」
「だぁかぁらぁ、俺らと遊ぼうって?」
「……迷惑です」
「ツンデレのツンってやつ? 照れ隠しってやつ?」
 すみれの態度にニヤニヤと気持ち悪い笑みを見せる男たち。そんな男たちに、すみれの堪忍袋の緒が切れそうになった時だった。
「すみません。本人が嫌がっているので、離してもらえませんか?」
 悠貴がにこやかな表情で男たちに話しかけた。すると、男たちは表情を一転させた。
「あ? お前の話なんかどうでもいいんだけど」
「そうだそうだ。部外者は引っ込んでろ」
 しっしと、悠貴に手を向けて振る男たち。しかし、悠貴は笑顔のまま続けた。
「もう一度言いますね? 本人が嫌がっているので、その手を離してもらえませんか?」
 悠貴はそういうと、すみれの腕を掴む男の腕を、がしっと掴んだ。
「なんだよ、触んな!はなしやがれ――!?」
 男は悠貴の手を振り払おうとしたが、びくともしない悠貴の力強さに怯んだ。
「……もう一度、言いましょうか?」
 ニコッという効果音が聞こえてきそうな笑顔。すみれは、悠貴から静かな殺気のようなものを感じ取った。
「……ちっ」
 男は舌打ちすると、すみれの腕から自分の手をはなした。そして、悠貴の手を邪魔そうに振り払う。
「それじゃ、俺達はこれで」
 先ほどとは少し雰囲気の違う笑顔を見せた悠貴は、会釈をして男たちにくるりと背を向けた。そして、すみれにアイコンタクトで「帰るよ」と伝える。すみれはそのアイコンタクトを受け取ってうなずくと、悠貴と並んで歩きだした。
「……あの、悠貴?」
 少し歩いたところで、すみれは恐る恐る悠貴に声をかける。悠貴は「ん?」といつもの調子の返事をくれた。そんな悠貴にすみれは安堵の息をつく。
「その……さっきはありがとね」
 そのまま微笑んでお礼を言うすみれ。悠貴は一瞬目を見開いたかと思うと、顔をそむけるように正面を向いた。
「いや、別に……思った以上に相手もしつこかったし……それに、あのままだと、すみれがあの人たちを殴り飛ばしかねないと思って」
 悠貴に図星をつかれて、すみれは思わず「うぐっ」とこぼした。まぁ確かに、悠貴があと数分遅れていたら、すみれは間違いなく暴れていただろう。
「どうせ、鉄拳制裁! とか言って暴れるつもりだったんでしょ?」
「違うもん。公務執行妨害で正当防衛として暴れるつもりだったんだもん」
「何その警察官みたいな発言……」
「いいの! 家に帰ればみんな警察だもん!」
「いやいや、すみれの家族がみんな警察だからって言っても……貴女が持っているのは警察手帳じゃなくて生徒手帳だからね」
 そこまで話して、やっと悠貴とすみれの目があった。その瞬間、すみれはどこか得意げな笑みを見せる。
「でも私、風紀委員長だし」
「それは学校内での話でしょ」
「もー。悠貴は相変わらずお固いなぁ」
「いや、お固くないから。てか何にせよ、一般人相手に暴れるのは感心しません」
「これだから生徒会長様は……」
「だから……ったく。それも学校内の話だろ」
 そういうと、悠貴はすみれの額にデコピンした。すると、すみれは額に手をあてて「いたっ」と声を上げる。
「ひっど! 暴行罪だ!」
「これごときで捕まりません」
「え? 現行犯逮捕なら、逮捕状なしで一般人でも逮捕できるんだよ?」
「え、まじ?」
「そうだよ?」
 すみれからの豆知識に、悠貴は「ふぅん」と呟く。そして、何を思ったのかいきなりダッシュしてすみれから逃げた。
「ちょ、なんでいきなりダッシュするの!?」
 すみれが慌てて追いかける。
「現行犯逮捕されないように、逃げてるだけだよ~」
 まるで、すみれをからかうように答える悠貴。すると、すみれの警察官魂に火がついた。
「なるほど……警察の娘を前に逃亡とはいい度胸……現行犯め、逮捕してやるー!」
 すみれはそう叫ぶと、悠貴を追いかける……いや、捕まえるために、彼女もまた全力で走り出した。





……学校の最寄駅に着いた頃には、二人とも汗だくで息を切らしていたのは、記すまでもない。
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