とある高校生の日常短編集
球技祭!
 今日は年に一度開催される、高校の球技祭。すみれは、訳あって悠貴と共にドッジボールの部に参加していた。
「よぉし、高校最後の球技祭、楽しもうっと!」
「……うん、そうだね」
 ルンルンのすみれに対し、何故か顔色が優れない悠貴。決して、体調が悪いわけではないのだが……
「それにしても、今年はドッジボールにしたんだね、悠貴」
「うん、おかげさまでね」
 どこか意味深長な悠貴の言葉に、首を傾げるすみれ。
「去年まではサッカーだったよね? なんなら、シュート決めるたびに女子の黄色い声を浴びていなかった?」
「えーっと……まぁ、なんだ、その……大人の事情って言うか、そんなところ……」
 歯切れの悪い悠貴の言葉に、ますます首を傾げるすみれ。
「変な悠貴」
「あー、うん……変でいいよ」
 どことなく投げやりな悠貴。すみれは更に首を傾げそうになったが、これ以上傾げたら首の骨がおかしくなると思い、元の位置に戻した。
「あ、ほら、試合始まるよ! 行こう!」
「あー……うん、行くか」
 ……こうして、「?」だらけのすみれと、なんだか顔色の優れない悠貴はドッジボールのコートへ向かった。



 ……一方、別のコートでは、筋肉がムッキムキの三年男子生徒集団が、一年生のチームを相手に試合をしていた。
「ふっふっふ……この程度で我らに勝とうとは言語道断! ふはははは!」
 不気味な笑い声と共に剛速球が放たれて、一人、また一人と敵チームの内野を確実に仕留めていく。
「すげぇ……流石は二年連続で優勝しているクラスだ……」
「なんだよあの強さ……反則だろ……!」
 周囲がコソコソ噂をする。しかし、そんな噂などを気にする彼らではない。
「ふっふっふ……この能近(のうきん)様率いる我がチームに、こんな弱小一年どもが相手になる訳ないだろう」
 不敵な笑みを浮かべるのは、この筋肉ムキムキ三年グループのリーダー、能近。彼の言葉に、周りにいる、こちらもまた筋肉ムキムキの取り巻き男子達がうんうんと頷いていた。
「ふはははは……見ているがいい! 今年も、我々がドッジボールの部で優勝してkブファ!?」
 ボールを持って余裕綽々の態度で偉そうに独白していた能近の頭(横)に、どこからともなく剛速球が飛んできてクリティカルヒットした。能近は、患部を押さえて俯く。
「の、能近!?だ、大丈夫――」
「あ、すみませーん!」
 能近の仲間が彼にかけよる。そしてそこに、焦った悠貴とすみれが走って来た。
「すみません! ボール、ぶつかっちゃいましたよね!?」
 すみれが謝ると、能近は首を左右に振った。
「おお、これはこれは、風紀委員長殿……この能近、これしきの事に屈するわけなかろう……気にするでない」
 そういって、目を閉じたままフッと笑う能近。すみれは何度も「すみません」と頭を下げた。悠貴もボールを回収すると、すみれと一緒に頭を下げる。
「以後気を付けさせますんで! 本当にすみません!」
 すみれと一緒に、必死になってぺこぺこ頭を下げた悠貴。そして、能近が「もういい気にするな」と言われて、二人は自分たちのコートへ戻った。
「あの二人、真横のコートのチームだよな……どうやったら、ここにボールが飛んでくるんだ……?」
 ふと、一年生チームの一人が囁く。しかし、能近は気にせずボールを構えた。
「ほほう。この能近様を前に無駄話とは、随分と余裕のようだな」
 ビュンッ! と、能近の手からボールが放たれる。一年生はそれをかわすも、後ろにいた敵チームの攻撃で当てられてしまった。
「ふはははは! 我がチームの連携もなめるでないぞ! がははhガファ!?」
 高笑いをかき消すように、また剛速球が能近の、今度は後頭部に直撃した。さすがの能近も二度の攻撃は応えたのか、その場にしゃがみこんだ。
「す、す、すみませーん!」
 また、すみれと悠貴がかけてくる。二人とも、今度は白い顔をしていた。
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみませんすみません! 当てるつもりは欠片もなかったんですけど……!」
 高速で何度も何度も頭を下げるすみれ。能近はしゃがみこんだまま、左手で親指だけを立てて、グーサインを見せた。恐らく、「大丈夫だ気にするな」の意味なのだろうが……
「のうきーーーーーん?!」
 仲間たちが集まってくる。それをみて、悠貴はすみれに向き直った。
「だから言っただろう? 無理して敵を狙おうとするから、こうなるんだって」
「でも……やるからには、敵を狙わないとじゃん……?」
「大丈夫、誰も怒らないし責めないから」
「でも……」
「いい? 今度は俺に投げて。何も考えなくていい。俺だけを見て投げて」
 若干、新手の告白か何かですか、公然でイチャつかないでくださいとも取れなくもない会話だが、この会話には、深い意味があった。
 それは、すみれの運動能力に由来している。運動が苦手な方であるすみれだが、何故か肩が異常に強く、ボールを投げると剛速球になってしまうのだ。加えて、運動音痴で投球のコントロールが効かず、剛速球を変な角度やコースで投げるのである。今回も二度ほど能近にボールをぶつけてはいるが、すみれの中では「目の前の敵を狙いつつ真っすぐ直線に」投げているつもりなのだ。なのに、何故がボールのコースが途中で九十度曲がってしまい、能近に剛速球が直撃する、という事故が二度も起きたのだ。
 そして更に問題なのが、このすみれのボールをとれる人がかなり限られていることだ。まず、女子は取れない。となると必然的に男子が受け手に回るのだが、ここですみれの投球コントロール問題が登場する。この、すみれの剛速球かつ超変化球をとれるのは、すみれのクラスだと悠貴くらいしかいないのである。ただの剛速球なら他の男子でも取れるのだが、あのボールの軌道を読みとれるのが、何故か悠貴だけなのである。だから、去年までサッカーの部にでていた悠貴が、今年はドッジボールの部に参加したのだ。
(はぁ……さっきまではいい調子でキャッチできていたのに……まぁ、病院送りの生徒が出ていないだけマシなのか……)
 そう、冒頭で悠貴の顔色が優れなかった理由が、ここにあるのだ。
「……どうか今年は、病院送りの生徒が出ませんように……」
 ため息と共に祈る悠貴。
「よし。いい? すみれ。もう何も考えなくて良いから、ボールが来たら俺にパスすることだけ考えてね」
 そして、すみれの両肩に両手をがしっとおいて、力強く言い放った。すみれも、能近に二度もボールを当ててしまった罪悪感からか、力強く頷いてくれた。



 ……ちなみに、今まで悠貴やすみれの対戦チームに負傷者は出ていない。彼らが全力ですみれのボールから逃げ回っているのと、悠貴がうまくすみれをコントロールしていたからである。更に余談だが、一昨年は数名、病院送りの生徒が出た。そして去年も、一昨年ほどでは無いが病院送りの生徒が数名出たそうだ。
「……私、出ない方が良いのかな……」
 先ほどの、能近に二度もボールを当てた試合後。木に寄りかかりながら、すみれがしょんぼりと言った。それを聞いて、悠貴はかける言葉を探す。
「んー……まぁ、出ちゃダメって訳じゃないし、俺か他の男子にさえ投げてくれれば、基本的には問題ないから……」
「……」
「えっと、その、だな……要するに、すみれは敵を狙うんじゃ無くて、味方にパスすることだけを考えてくれれば良いんだよ」
 励ましというか、問題解決というか、そのような言葉を投げかける悠貴。しかし、すみれの顔色は優れなかった。
「そんなに気にしなくても大丈夫だって。今回のチームには運動部がたくさんいるから、すみれのボールだって受け取れるし。それでも不安だったら、俺だけに投げてくれて構わないから」
 すみれを元気づけようと、悠貴なりに励ます。すると、すみれがしょんぼりとした顔のまま彼を見た。
「……悠貴が今年、サッカーじゃなくてドッジボールに参加した理由、これだったんだね」
「えっと……まぁ、そうだね……」
 悠貴の返事に、すみれはまた俯く。その反応を見て、悠貴は「しまった」と心の中で後悔した。次はどんな言葉をかけようか……と、必死に頭を回した。
「ま、まぁ、俺の事はそんなに気にす――」
「お姉様ぁ!!」
「どわっ!」
 悠貴が話しかけようとしたが、それは誰かにどつかれ突き飛ばされた為に、叶わなかった。
「見ていましたわ、お姉様の活躍! とってもかっこよかったですぅ!」
 そういってすみれにぎゅーっと抱きついたのは、六花だった。しかし、すみれに声が届いていないのか、暗く小さな声で「うん……」としか答えない。そんなすみれを見て、六花は目を丸くさせた。
「……お姉様? どうされたんです? もしや、このゴミクズへたれ野郎に何かされたんです? 何か言われたんです??」
「ちょっと待て國松。俺への悪口がひどいぞ」
「お黙りなさい」
 悠貴のツッコみを一刀両断し、すみれの様子を伺う六花。すると、すみれはへらっと笑って見せた。
「ううん、大丈夫。悠貴は何も悪くないよ。むしろ、私が迷惑かけているだけだから……」
 すみれの笑顔を見て、悠貴は瞬時に悟った。ああ、すみれは今、無理矢理笑顔を繕っているんだなと。そう思うと、悠貴は自分の胸の中がギュッと締め付けられたような、そんな痛みを感じた。
「お姉様……」
 すみれの作り笑いに六花も気がついたのだろう。彼女もまた、切なそうな顔をしている。
「……よーく分かりましたわ、お姉様」
 そして、何かを決意したのか、そっとすみれから離れて悠貴に向き直った。その瞬間、悠貴は何を言われるのだろうかと身構える。
「……常日頃から思っていましたわ。会長様は他の野郎と違って、確かにヘタレだし奥手だしクズだしゲスですけれども」
「ちょ、悪口のオンパレード……」
「だけれども、お姉様をこんな風に悲しませる男だとは思いもしませんでしたわ!!」
 ビシッと言い放たれた六花の言葉。すみれが慌てて彼女を止めにかかった。
「ちょ、六花! だから悠貴は何も悪くないって――」
「いいえ、お姉様。我が校の生徒会長でありながら、お姉様にこんな顔をさせるなんて……男はおろか、人間の風上にもおけないですぅ!」
「いや、だから……てか、人間の風上にも置けないって言うのは言い過ぎでは……?」
 すみれの制止もむなしく、六花は両手を腰に当てて悠貴を見据える。すると、悠貴は盛大な溜め息をついた。そして、鋭い瞳で六花を見返した。
「……確かに、すみれを落ち込ませた原因の一部は俺にあると思うけれども、俺だって、すみれにこんな顔して貰いたい訳じゃ無い」
 悠貴はそういうと、すみれに向き直った。
「すみれ」
「は、はい!」
 急に改まって悠貴に名前を呼ばれ、思わず声を裏返すすみれ。
「俺は別に、サッカーに出られなかったこと、後悔なんてしてないからな。ドッジボールだって好きだし、すみれのボールを取るのを重荷だと思っていないし……正直、すみれと一緒にドッジボールに参加できて嬉しいよ。だから――」
 悠貴の両手が、すみれの両肩に置かれる。
「何も気に病むなよ」
 力強い瞳で言われ、その瞳に思わず吸い込まれそうになるすみれ。途中で我に返り、すみれは「うん」と頷いた。そんなすみれに、悠貴は破顔する。六花もそんな二人を微笑ましく見ていたが……
「はぁい、そこまで! お姉様に近づきすぎですぅ!!」
「おわっ?!」
 ぐいっと二人の間に入り混み、悠貴をまた突き飛ばした。
「いいです? お姉様にくっついて良いのは、この学校でわたくしだけなんですぅ! あまり気安くわたくしのお姉様にベタベタ触らないでくださいませ。このチキンが」
「何で俺にはそんなに辛辣なんだよ……!」
「……てか私、六花にそんな許可をだした覚えは無いって言うか……くっついて良いって言った覚えは無いぞー……」
「いいんですぅ!」
 どこまでも強情な六花に、すみれは思わず吹き出して笑う。そんなすみれを見て悠貴も安心したのか、一緒に声を上げて笑い出した。



「そういえば今年のドッジボール、あの筋肉ムキムキ三年グループ、準優勝だったらしいぞ」
「え? マジで? あんなにイキッてたのに?」
「何でも決勝で当たった三年のチームがやばかったらしく……あ、ほら、生徒会長のチーム!」
「ああ、あの剛速球の!」
「そうそう! 他の試合ではあの豪速球、あんまり出なかったんだけど……決勝の時だけ、すんげぇビュンビュン飛び交っていたらしいぜ」
 そんなこんなで、すみれと悠貴の高校生活最後の球技祭は、こうして幕を閉じた。 
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