指先から溢れるほどの愛を
こうして私は三ヶ月に一回坂崎さんのヘアサロンに通うようになり、大学の卒業式のヘアメイクと着付けも彼にお願いした。

彼の手によって化けた私は、人生であの時程周りから綺麗だ何だとともてはやされた経験をしたことはない。

そして社会人一年目が半分過ぎた頃、慣れない仕事で疲労困憊の私に施してくれた坂崎さんのヘッドスパに私は見事にハマり、これはデトックスのために一ヶ月に一回受けに来たいです!とお願いした。

すると彼は私の不規則な仕事も考慮して、「ヘッドスパだけなら仕事終わり、店の閉店後にサクッと受けに来れば?」と提案してくれて、それからずっとそのお言葉に甘えて私は月一の校了終わりに坂崎さんの元へ通うようになって今に至る。

閉店後なのでもちろん麻美さんや悟さんはもういない。

終わった後は彼が用意してくれた缶ビール一杯を飲み終わるまで他愛のない話をするのがいつの頃からか恒例になっていて。

そこに恋心が芽生え始めたのはいつからだったかなんて、正直覚えていない。

一ヶ月に一回ヘッドスパをお願いしたいと言った時には間違いなく純粋にヘッドスパだけが目的だったはずなのに、いつの間にか彼に会うことが一番の目的になっていた。

ヘッドスパよりもその後の缶ビール一本分の時間の方がはるかにデトックスになっていることに気づいたのはいつだったか。

でも、私はこの心地良い空間と時間を失いたくなくて、恋心を自覚している今もひたすらこの距離感を守っている。
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