丸いサイコロ




小さめなサイズの部屋を見つけた。開けようかと思ったら、まつりが「それは寝室じゃなくて、倉庫だよ」と教えてくれた。

まっすぐまっすぐ行って、ちょっと左に曲がるほど、部屋が大きくなる。だけど、ぼくは小さな部屋がよくて、あまり奥に行きたがらなかった。

倉庫と言われた部屋はふたつ。倉庫の隣の倉庫が、ふと気になった。中からは言葉で表せないような、変なにおいがしていたのだ。
しかし、まつりは、何も感じていなかった。

自分がおかしいと言われることが多いので、ぼくは、自分が信じられない。まつりが何も感じていないなら、それが正しいと理解した。
そして、また変な気を起こそうとしているらしい自分に、嫌気が差した。
昔から何度もこんなことはあった。だけど、いつも、誰もがそれを知らないと言うし、自分だけがおかしい。
そんなものは存在しないのだ、と自分に強く言い聞かせると、においもあまり感じなくなったような気がした。

自己暗示は、得意だった。違和感なんて、覚えなければ、問題がない。

倉庫から離れ、廊下を進む。しかし、その途中で、足を止めた。頭を占める問題が、違和感、なんて次元ではなくなった。

うさぎのヘアゴムがひとつ、落ちていたのだ。何度か結んだらしく、真ん中が捻れ、やや細くなっている。
ぞわ、と全身が冷えた。
いきなり転がって、顔に飛んでくるような気がして、ひどく、怖かった。
足が、固まったみたいに、重くなる。

──助けを求めて、まつりを探すが、近くに居ない。良い部屋を見つけて、寛いでしまっていたのだろうか。

ぼくは、悲鳴を上げなかった。ばくんばくんと激しく動悸がして、苦しかった。唾液を飲み下す。胸が痛い。

震えながらも、ここにいるのば、自分だけなのだから、自分でなんとかしなければいけない、と自分を説得して、何度も言い聞かせた。これは、ぼくを襲わない。大丈夫、ぼくが掴んでしまえば、襲ってこない。

ゆっくりしゃがみ、手を伸ばし、それを掴めば、案外、なんてことはなくて、ぼくは安堵した。

回収に、30分はかかったんだろうか。誰かに言ったらきっと、大袈裟だと笑われてしまうのかもしれないなと思いつつ、冷や汗で手が湿っていた。

そのときになって、ようやく、まつりが廊下の角からこちらにやってきた。

「あ、まだここに居たんだ。決まらないなら、お隣にしようぜー!」

「ああ、うん……」


動揺を悟られないように、上着のポケットに、ヘアゴムをしまった。放置すると、また同じ場所で動けなくなってしまう。もう、見たくなかったのだ。
(泊まってる間は、特には何もなかった)
そこまでの話を、余計な感情を極力省いて語った。
捏造した説明や、ぼくらの状況の細かいことも、ちょっと省いた。
それでも、まつりは、ちょっと複雑な顔をしていた。思うところがあるのだろう。

コウカさんは、まつりに病院への受診をすすめる。
しかし、嫌だ、の一点張りだ。

「でも、大丈夫か、みてもらわなくて」

「そんなに深くはない。ああ、やっと、また少し、繋がったよ」

「んん?」

「泊った場所も、出来事もだけど、ある人物についてのことも、だった。
……ああ、それが、人物のことであると思い出せたのも、さっきだけど。――ずっと、ある情報のみが、頭の中にあったんだよ。
でも、それが《何》なのかは、ピンと来ないでいた。だけど、繋がった。今、思うに、泊まりに来てたはずなんだ──そこに彼女が。だからこそ、二人で訪ねようと思った、はずだったんだ」

なのに、アレが起きた。
ぼくについてのことが混ざったと同時に、同じく、《そこ》で既に待っていたはずの人物の記憶もどこかにやってしまった。

そして、その後は《ぼくと二人で訪ねて来た》という情報に重きが置かれたことで《中で待っていた彼女》の記憶の居場所を無くしてしまったらしい。


「でも、お前が、鍵を開けてたぞ?」

「あ、聞いてないっけ、玄関は、来た人が自分で開鍵してねーって決まりなんだよ。あそこ、開けっ放しは危ないからさ。でも、部屋の中については、あちこち、鍵かかってなかったでしょ? 話によると、セキュリティ関係のものも、付いてたのに、勝手に、それも二人のこどもが敷地に入っても、警報器さえ作動してなかった。それが、不思議だけどね」

「……そういえば、簡単に、入れるものだったな……でも、待て、どうして、その、彼女と会おうとしてたんだ」

「わからない。ただ……もう、いなかったみたいだね。来たときには」

それ自体に違和感を感じることが出来なかった。
なぜなら、そのときのまつりからは、彼女の存在が欠けていたから。そうしたのは、誰だろう?もし、ぼくが、説明をでっちあげなければ、まつりは何を優先しただろうか。

うつむいてしまいたくなる。まつりは、柔らかな声で、ぼくの気持ちを汲み取るようなことを言った。


「それは、わからないかなー。自分のことさえ、何が悪いのかさえ、ずっとわからないんだ。自分のことさえ……知っているんじゃなく、状況から推理して、穴埋めしているだけだからね。何が間違いかもわからないし、何が正しいかなんて、選んだことはない」

「難しいよ」

よく、わからない。

「つまり、こちらも的確な判断が出来る状態じゃなかったし、勝手に提案したのも、こっちだ。ナナトだけ悪いなんてことはない。強いて言えば、ほとんどが、自分自身の責任だよ」

「……の人は、もしかして、あの人なのか?」

気づけば洗面所から戻っていたらしいケイガちゃんが、横から聞いた。まつりは頷いた。

「まあ、来たときには、もう、連れ去られていたんだよね……メッセージを残して」


 ぼくは、なんとなく気付く。
きっとこれは、ただの嘘やイタズラでも、人探しでも、ないものが、隠された話なのだと。
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