丸いサイコロ
――と、いうところまで考えて、なんだか複雑な気分になってきた。
眠いような、お腹がすいたような、まだ考えるべき問題を完全に放置したような。……どれだ?
現在、時刻は昼を向かえている。まつりは、なんか食べよー。と、ぼやーっと呟いて、ふらふらと台所に出ていった。包丁が、まな板を叩く音がする。なにかと刃物を手放さなかった時の名残なのか、単に、ひとりで暮らすために成長したのかは、ぼくが知るところではない。食用の肉や魚をさばくときに、どこか嬉しそうなのだけは、気のせいではないだろうが。
(昔は『ほら、水晶体ー!』みたいな感じで、なにかと差し出して見せてくれたものだ。何の、かは知らない)
「すごく器用なんだけど、すごく不器用なんだよな、どうも……」
うーん、と、考えながら、ぼくはリビングの隅で三角座りをしていた。座りかたに意味はない。リビングの角にいるのは、癖だ。角は、落ち着く。そう、たぶんぼくは落ち着きたいのである。
兄が偽物ではなかったとなると、わりと、ぼくには衝撃で、明日は熱を出すかもしれない程度には、驚き過ぎて、いまだ、驚くことも出来ていないのだ。
しかし、ならば、あれは何だったのだろう?
暗い地下に入ったときだけ、ぼくは、彼の顔が、よくわからなくなっていた。
「暗かった、から?」
あのとき自分の中に感じたのは、確かな拒絶や、真っ黒い感情。だけど、ぼくは、それを認めたくない。
──そういえば、まつりは怪我を《している》のだろうか。怪我を《させられた》のだろうか。持病かなにかを《持っている》のだろうか。あの話の一部分が嘘だとしたら、何が自然なのだろう。
──そもそも、派手に血糊を付けたのは、本当に、まつりがそうさせたからか?
おいおい、見えているくせに。わからないはずは、ないんだよな。
自分にさえ、そう言って、笑われている気がした。
やめてくれ。ぼくは、なにもわからない。なにも……
「──はは……」
『ずっと誤魔化していたが、あそこは既に《現場》だったんじゃないか』
などと、ぼくは今になって、どう聞けば良いのだろうか。そこまでぼくは、ああいうものに慣れてはいない。だから、口に出せなかった。
怖かった。言葉で、表せなかった。嘘なら、イタズラなら、それで、そういうことにしておきたい。
──だけど、やはり、ぼくは聞くべきなのだろう。ぼくが、何かをどうにかしたいのなら。
そう、今は思うのなら。
あの兄のことも。
後々、ゆっくり考えてみれば、まつりが賢いのは知っている。ヒントがあれだったとしても、わざわざ分かりやすいことをするよりも、本格的にぼくを騙してやる方があいつ的には、『面白いはず』と考えるべきだったんじゃないか。
だけど。
ぼくは、死体そのものを見ても、余程酷くなければ、赤い場所で寝ている、としか思えない。
『死んだ』と、言葉で聞かされる方が、怖いような、やつである。
自分の記憶に刻まれやすいものほど、それが、明確に伝わってしまうほど、怖いのだろう。そしてぼくがそういうやつだということを、まつりは知らなかったのかもしれない。
誰かに言われて、それをしっかりと記憶してしまっては、付きまとう。それから逃げ出せない。見ていなくても、想像出来てしまう。だけど。
「――そろそろ、向き合わないといけないんだって、お前は……ぼくは――そう言いたいのか」