俺の世界には、君さえいればいい。
パッと離されてしまった手に名残惜しさと寂しさが生まれた。
でもそれ以上に、彼を傷つけてしまったんじゃないかと不安が埋め尽くす。
そんなつもりじゃない…。
そういうつもりで言ったんじゃない、これはむしろ櫻井くんのことを思ってのことだった。
「と、隣…歩いてもいいですか…?」
「…どうぞ」
ぎこちなく隣に立った。
ひとりぶん空いた隙間と、少ない会話。
役目って、彼は言っていた。
こんなふうにいきなりお姫様みたいに扱わなくてもいいのに…。
でもそれも役目なのだと。
「あの…、嫌だったら、断ることもできます、」
「え…?」
「こ、婚約は…絶対じゃないと思うから…」
ぎゅっとスクールバッグの持ち手を握った。
ドクドクと叩く鼓動は、「そんなの言わないで」って言っている自分の声が聞こえたような気がする。
でも、そこまでしてくれなくていい。
きっと櫻井くんは普通の恋愛をして男子高校生らしく生きたいだろうから。
「俺は別に平気です。しきたりですし、仕方ないんじゃないですか」
それは、両方だった。
ホッと安心したものと、ゴーンと鐘を打つように揺れた脳。
嬉しいものと、悲しいもの。
その両方だった。