俺の世界には、君さえいればいい。




しきたりとか、仕方ないとか。

今までは櫻井くんと関わる度に背中に貼り付くように、そんな文字が浮かんでいた。


けれど今は考えてすらなくて。

この空気感だけを受け止めて、目の前の優しくて切なそうな顔だけを見て。



「わ、」


「…もっと、くっつけますか、」


「っ…、うん、」



そっと向かい合うように乗ると、すぐ腰に腕が回された。

「くっつけますか」と聞きながらも引き寄せてくるのは櫻井くんで。



「お、重くないですか…っ」


「…軽すぎます。もっと食べてください」


「えっ、でも食べすぎると太っちゃって…着物が着れなくなっちゃうから…、」


「俺はどんな由比さんも……いいと思います」



抱きつくこともできず、顔を合わせるわけにもいかず、だけど身体を離そうとすれば引き寄せてくる。

もどかしくて、間がほんの少し空いた距離。


それなのにお互いの声がすぐに反射して、跳ね返ってくるみたいな。



「……なにか、ありました?」


「…え、」


「なんか…由比さんの笑顔がいつもと違うから」


「…、」



あんなの、気のせいだ。
たまたまそう聞こえただけ。

あんなにもたくさんの人で賑わいを見せていたんだから。



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