10year
少しの沈黙が室内に流れた。それを破ったのはやっぱり日向先生だった。
「俺、飲み物でも買ってくるから」
私がベッド脇のところまで行った直後、そう言い残して、足早に部屋を出て行った。
取り残されたのは片瀬先生と私。
多分、日向先生が気を利かせてくれたんだろうけど・・・、もう少しの時間、仲介役にまわってくれても良いのに。
お互いにどんな言葉を紡ぎ出せばいいのか考え込んでしまうじゃないの!
「ごめん。その_____________、見違えたというか。一瞬、誰か分からなかった」
「謝らないで下さいっ!あれから10年も経ったんです。分からなくて当然ですよ」
昔から老け顔だった私でも、10年前とは顔つきも変わっていくハズ。
10年振りに会ったんだもの、分からなくて当然。
ましてや、先生の記憶にあるのは17歳の頃の、大人でも子供でもない私。
「そう言ってもらえると救われるよ。ありがとう」
ニコッと微笑んだその顔が、思い出の中にあった先生の笑顔と重なって、心臓がキュンとした。
「あの____、手紙、読みました」
私は唐突に、さっき日向先生の家で読んだ手紙のことを口にした。
「手紙?―――あぁ!手紙ね」
あの手紙の存在を忘れていたのかちょっと考え込んでから、私の言う『手紙』が何を指すのか思い出したようだった。
「迷惑だったよな、あんな手紙を残されて」
片瀬先生は真っ直ぐとこちらを見て、申し訳なさそうにそう言った。私は静かに首を横に振った。
迷惑だなんてこれっぽっちも思っていない。むしろ、嬉しかったくらいだ。
「そ、そんなこと、ないです。私、あの手紙を貰えて嬉しかった」
窓辺に視線を移していた先生は、その言葉に驚いたように、こちらに顔を向けた。
「え?あの手紙、気持ち悪くなかったか?7つも年上のオヤジからの告白なんて・・・」
「気持ち悪くなんてないです。だって、私も・・・・」
好きだったから。
続く言葉が言いにくくて、私は俯いてしまう。
ふと、顔を上げて先生の方を見ると、首を傾げて、言葉の続きを催促する気配が感じられた。
「私も・・・、先生のことが好きだったから。だから、すごく嬉しかった。先生が私を見ていてくれたことも、職員室で問いかけてくれたあの言葉の意味も。この10年、ずっと疑問で、ずっと胸の奥から消えてくれなかったから」
いつの間にかベッドから降りた先生が、私の前に立っていた。
その直後、引き寄せられて抱きしめられた。
「せ、んせい?」
「ずっと忘れることが出来なかったよ、椎野のこと。俺は今も椎野が好きだ」
抱きしめられたまま、先生の心臓の音を感じながら私はその言葉を受け止めた。
「私も、今でも好きです。ずっとずっと会いたくて堪らなかった」
ぎゅーっと強く抱きしめられた後、その力が緩まった。ふと見上げると、不意打ちに一瞬だけのキスが額に降りてきた。
「俺と付き合ってくれませんか?」
夢でも見ているのだろうか?11年も想い続けた人の言葉に、私の脳はついていけてるだろうか。
多分、呆けた顔をしているんだろうと思う。
しかし、先生は私が呆けているのを躊躇しているのだと感じ取ったようだ。
「俺の病気のこと、稔から聞いてるよな?残された期間がどのくらい先か分からないけど、椎野と一緒に居たい。先が見えないのを分かっててこんなことを言う資格はないんだろうけど・・・」
「私も一緒に居―――!」
言い切らないうちに、また力強く抱きしめられる。
好きな人の体温がこんなに近いところで感じられるなんて・・・。
この10年、もう先生に会えないだろうと思っていた。
先生に抱きしめて貰える日が訪れるなんて、16歳の頃の私でも想像し難かった。
そこまで自惚れることも出来なかったというのが正直なところ。
「その言葉は、良い意味で受け取ってもいいのかな?」
「私で良いのなら・・・」
「ありがとう、椎野」
その言葉と同時にまた抱きしめられた。
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