ショウワな僕とレイワな私
「ごめん、なんだか暗い感じになっちゃったけど」

「まったく君の言う通りだよ。僕は確かに過去の人間だ。しかし、元の時代に戻れば今のような楽しい生活は実現しない。おそらく僕らは三月(みつき)も経たないうちに招集されて、戦地へ送られる。あるいは特攻として送られるかもしれない。そうなれば僕らに生命の保障はないのだよ。戦況をよく知らない市民たちは『お国のために』と言って進んで戦地へ()き、女性や子供たちも熱心に働いたり戦地へ手紙を書いたりしているが、実際の戦況は絶望的なのだよ。僕の親戚には海軍の関係者がいるんだが彼ももう勝ち目はないと言うし、僕と一緒に大学で英国の法律を学ぶ仲間たちも内輪では戦争に反対している。もちろんそんなことが特高*にでも知られればどうなるかわからないが……それから英米文化排撃の風潮ができている最中(さなか)に英国法を学ぶ僕らは事情を知らぬ人々からはしばしば非国民と呼ばれ肩身の狭い思いをしているが、この世界であれば時代は違えど多くの法律を読み、研究することができる。幾つもの良いことがこの時代にはある……だが、それでも帰らなければならないということは十分承知だよ」
*特高: 特別高等警察。戦前に存在した秘密警察を指す。

清士は本来の世界で目の当たりしにしてきた現実を思い出し、やはりこの時代に残りたいと思った。清士にとっては、この時代で過ごすことは夢のようなことだった。

「そっか……成田さん、辛い思いをしてきたんだね。まあ、色々答えてくれてありがとう。コーヒー淹れてくるから、ちょっと待ってて」

咲桜は話が終わったところでそれまで切っていたスマートフォンの電源を点け直してテーブルの上に置いた。電源が入りパッと明るくなった画面には、「不在着信(105)」というあり得ない数の着信が届いていて、また着信音が鳴った。

「咲桜さん、電話」

「え、また?誰から?」

咲桜は不審に思った。

「『非通知設定』と書いてあるが……。これまでに100件以上来てるようだよ」

「100件?どうしてそんなに……」

慌ててダイニングに戻った咲桜は、恐る恐るスマートフォンを取り、耳にあてる。

「……」

相手は声を発しなかった。咲桜も声を出さずにいると、突然通話が切れた。

「いたずら電話かな……それにしては100回も電話してくるなんておかしいけど」

咲桜は何度も電話を掛けてきていた『非通知設定』をブロックした。
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