ショウワな僕とレイワな私
ショウワの世界

「忘れぬとは言ったものの」

「……新宿、新宿」

清士が目を覚ました時には、見慣れた列車の光景があった。プラットホームに出ると、外は灯りが少なく薄暗く見える。ああ、本当に元の時代に戻ってしまったのか、あの咲桜との時間は本当に夢だったのだろうかと思った清士の手には、しっかりとダイヤモンドのネックレスが握られているが、そう思ってしまうほど景色が変わっていた。口の中には、どことなく喉が乾くような、苦いような感触がある。清士はその日の夕方、咲桜を迎えに行く前に、キッチンからもう飲まれなくなった睡眠薬を一粒盗んで、東京駅で電車に乗った時に飲み込んでいた。令和に来た時のように眠っていれば、昭和にも確実に戻ることができるのではないかと考えてのことだが、水を使わずに飲んだせいで薬の苦味が残っていた。ポケットに入れていた乗車券は、令和で買ったものだったはずがいつも通りの昭和の切符になっていて、日付も昭和十八年の、清士が令和にタイムトラベルしたのとほぼ同じ時間帯の印字であった。構内の時計は夜の11時を回っている。家族に黙って家を抜け出したのを思い出した清士は早足で家に向かい、勝手口から家の中に入ろうとした。

「あら、清士さん……一体どちらへ……」

扉の向こうには、女中のふみであった。食事を終えて自室にいたものと思っていた清士が突然現れたのを見て目を丸くしていたが、清士は「父さんには内緒にしておいてくれ」と小声で言って階段を上がろうとした。

「おい、清士」

長い廊下の先には、あっけらかんとした顔で目の前を指差す父の姿があった。後ろから母も出てくる。ふみは主人がいたのに気がつくとさっと廊下の端に寄る。そこには階段を一段登りかけた中腰の清士の姿だけがあった。

「お前、夜遅くまでどこに行っとったんかね。ちょっと来なさい」

一見優しそうな口調で手招きした父であったが、静かな怒りが見えた。清士は長い廊下を抜けて呼ばれるままに父の部屋へ、その背中を追って歩いた。アラベスク模様のカーペットが敷かれた洋室のテーブルに、浴衣(ゆかた)の父と詰襟(つめえり)の息子が向かい合って座る。

「あまり遅くまでフラフラと徘徊(はいかい)してるんじゃあないぞ、せめて行先や何時に戻るかは伝えなさい。間違いでもあったらどうするんだ」

「すみません」

清士はもっとひどく(しか)られるのではないかと思っていたが、思ったほど(とが)められなかった。父はふみがお茶を置いて部屋を出るのを見て、少し声を(ひそ)めた。
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