ショウワな僕とレイワな私
「お前、夕飯の時にその……戦況の話をしただろう」

「はい」

清士はこれは何か来るぞと思って身構えた。夜に外出してもお(とが)めが軽かったのは、きっとこのためであると分かっていたが、何を言われるかある程度予想はついていた。

「嫁を(もら)ってはどうであろうか、いずれはお前も()く身だが新婚であれば待遇も考慮されるだろう」

「父さん、それは……」

父は長男である息子はきっと賢明な選択をしてくれるだろうと思って提案したが、当の息子は全くの逆であった。

「ありがたい話ではあるけれども、貰えませんよ。僕は死ぬかもしれない身です」

清士の頭の中には咲桜のことがあった。今頃どうしているか分からないが、別れが来ると分かっていても悲しんでいて、それでも悲しみを自分に見せまいと必死で笑うあの顔が忘れられない。

「しかし、縁談を付ける先は幾らでもあるぞ。お前は評判の良い息子だから、今時分縁談を受け付ければごまんと来るだろうに」

父は腕を組んで(ひげ)()でながら指折り数える。

「春子ちゃんに、伊坂のお嬢さん、高田のお嬢さん……どこのお嬢さんもお前のことを何とか言っておるようだと聞いておる。お前が学生だから卒業するまで縁談は無しと言ってあったが、この際前倒ししても構わんぞ」

清士は勉学のためにこれまであえて結婚事情からは耳を遠ざけていたが、名前の上がった人たちとは交流があったし、彼女らが自分について何かを言っていたことは知っていた。

「残された人たちはどうなるのですか、仮にそこいらのお嬢さんと僕が結婚したとして、僕が生きて帰ってきたとしても一緒に過ごすのは互いに望んだ相手ではなく、僕が死んで帰ってくれば未亡人ですよ」

父は腕を組み、顔を(しか)めて(あき)れたようにため息をついた。

「全く、お前は話が通じんなあ。父さんはな、お前のためを思って言ってやっているんだぞ」

「とにかく僕はいいですよ、僕には新婚で女房などがいても(いさぎよ)く出征できません」

清士は吐き捨てるように言った。

「あなた、もうよしてくださいよ。もし清士が望むのならそうさせれば良いのです」

部屋に入ってきてピシャリと言ったのは母であった。

「もう休みなさい」

席を立った清士は「おやすみなさい」とだけ言って、母と入れ替わるように部屋を出た。

「どうしたもんかね、あいつは。この家の跡取りということをちっとも分かっておらん」

父は腕組みをしたままである。

「そっとしておいてやりましょうよ。一番辛いのはあの子ですよ……さ、私ももう休みますので」

出口に向かった母は「おい」と呼ばれて立ち止まった。

「お前は、私が軍に行ったときはどうであった」

この夫婦もまた、縁談で結ばれたふたりである。母は出口に背を向けた。

「毎日心配でしたよ。あなたは兵部では無くとも行先が上海でしたから」

父が徴兵されて向かった先の上海は、当時一触即発の情勢であった。

「縁談であったとはいえ、あなたはこの家の亭主であり、私の夫であり、息子たちの父ですもの」

父はこの言葉にハッとした。これが残される人の気持ちである。母は静かに部屋を出た。
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