逃げたいのに、ヤンデレ彼氏が離してくれません
数十分後。
沈黙の続くリビングに、はあ、とため息が一つ落ちた。
成瀬くんは落としていた視線を上げ、私の方へ向ける。
私は何となく気まずくなって目を逸らしてみる、が、突き刺さる視線の痛い事痛い事。
「……むぎ」
低い声が窘めるように私の名前を呼ぶ。
「…………はい」
「むぎは今後包丁持つの禁止」
「うっ」
私は思わずがっくりと項垂れる。
そうして落とした視線の先で、絆創膏だらけの右手が視界に入って、さらに居た堪れなくなった。
そういえば、……私料理センス壊滅的なのすっかり忘れてた。
この前何気なしにカップケーキを作ろうとレンジでチンして爆発させて家中の電気が落ちてお母さんに「頼むから二度と入ってくれるな」とガチトーンで言われたなぁ……。横にいたお兄も「料理の腕が上達するより先に誤って片腕落としかねないから諦めろ」と真顔で頷いていた。
心なしか、その時のお母さんと、目の前に座る成瀬くんの表情が重なって見えた。
「きょ、今日はたまたま調子悪かっただけといいますか……」
「むぎ」
「……はい。ごめんなさい」
成瀬くんが本気で怒っているのをひしひしと感じる。真顔怖い。
何かを言いかけて、しかし、ぐっと堪えた成瀬くんが、もう一度ため息を吐く。
「ごめん、俺が悪かった」
「え、ちょ……頭上げて成瀬くん!? 悪いの私だよ!?」
「むぎの手料理食べれるかと思って浮かれた。……ごめん」
「う、浮かれたんだ」
「……割と」
「……なんかごめん」
「いい。むぎが包丁持たないって約束してくれるなら」
「約束します」
私は深々と頭を垂れた。
成瀬くんはそうして、とだけ言い残して立ち上がる。つられて私も片膝をついて、成瀬くんを見上げた。
「あ、私もお手伝いくらいは……」
つられて立ち上がろうとした私を、成瀬くんはびしっと指さして言い放つ。
「いいから座ってろ。絶対にそこから動くな」
「……あい」
結局、私は大人しくリビングで待つ以外の選択肢は残されていなかった。