仕方なく結婚したはずなのに貴方を愛してしまったので離婚しようと思います。


 桃果の入院している東総合病院に着いたので車から降りる。少し心臓がザワザワしてきた。どうしても父がなくなった日のことをここにくると思いだしてしまう。手が小刻みに震えだす。


「穂乃果」


 運転席の窓が開き、玲司が手招きをしてくる。


(なにか忘れ物でもしたかな?)
「んッ――」


 伸びてきた手に頭を掻き抱かれぐいっと寄せられたときにはもう避けられなかった。こんな公共の場でキスをしてくるなんて恥ずかしい。さっきからこの人には恥ずかしいという感情が無いのだろうか?


「な、なにするんですか!」
「ん? 特に意味はないよ」


 ハハッと笑いながら玲司は穂乃果の手を握り離さない。


「じゃあ、僕は会社に行くけど、必ず家についたら連絡すること。分かったね?」
「……わかりました」
「ん、行ってくる」


 離された手、いつのまにか震えが止まっていた。


(ま、まさか手の震えに気づいていたわけじゃないわよね……)


 病院の扉に向かって歩く。視線を感じるので後ろを振り返ると玲司がまだ穂乃果のことを見届けていた。目が合うと優しくほほえみ返してくる。玲司の視線を感じながら病院に入るとずっと不安だで震えながら入っていた病院の扉も震えずに入ることができた。多分、玲司のお陰だ。もしかしたらああすることで自分の気を紛らわしてくれたのかもしれない。


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