翠も甘いも噛み分けて
 店内は、焼き菓子特有の甘い匂いに包まれている。学生時代、時々幸成から漂う香りと同じで懐かしい思い出が脳裏をよぎった。ショーケースの後ろ側に立つ元気のいい売り子さんが、笑顔を振りまいている。奥の作業場では、真剣な表情を浮かべた幸成が、ケーキの飾りつけをしている最中だった。

「いらっしゃいませ、今日はお持ち帰りでしょうか?」
「いえ、あの……」

 店員さんとのやり取りに幸成が気づいたようだ。飾りつけの手を止めると、カウンターへと出てきた。

「おう、思ったよりも早かったな。もうすぐ閉店だから、ちょっと待ってて。……あ、彼女は俺が呼んだんだ、客じゃないから」

 幸成は翠と店員さんに声を掛けると、店員さんも事前に話を聞かされていたのか納得したようだ。こちらでお待ちくださいとイートインスペースに通された。もうすぐ店の閉店時間だ。ショーケースの中のケーキはすでに完売状態で綺麗になくなっている。焼き菓子も店の陳列棚には売り切れのプレートが掲げられて、ほぼ在庫もない状態だ。さすが人気パティシエのお店だけある。

 店内の壁時計が十八時を知らせるメロディを奏で始めると、店員がブラインドを下ろすためにカウンターからこちらに向かってやってきた。ブラインドを下げたあと、出入り口の看板を店内に持ち込んで、ドアのプレートOPENからCLOSEDに引っくり返すとドアに鍵をかけた。

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