翠も甘いも噛み分けて
「『翠』って漢字、鳥のカワセミ知ってる? カワセミのメスを意味するんだ。宝石の翡翠の『翡』は、カワセミのオスを意味する。翡翠という言葉は、カワセミの番を指す」

 幸成の言葉に、この建物の外観がふと浮かんだ。翠が初めてここに来た時、翡翠みたいな色だと思った。それに、店内のカワセミの絵画も、もしかして……

「……ずっと、店を構えるなら、店の名前はこれにしようって決めてたんだ。表向きは、都会のオアシスを目指したいって話をしてるけど……もしかして、引いた?」

 ボソボソと、ようやく聞き取れるくらいの声で幸成が翠に説明をする。翠はそんな幸成が愛おしく思えた。こんなにも大きな愛に包まれて、明日、目覚めたら全てが夢だっただなんてことはないかと立ち上がった。
 下腹部、下半身の違和感はそう簡単に治まるものではない。この幸せな痛みも、これが現実であることを翠に伝えている。翠はテーブルに手を突きながら幸成のそばへと歩み寄ると、座っている幸成を抱き締めた。

「引くわけないよ。幸成……ありがとう」

 幸せに浸っている翠とは対照的に、幸成はまだなにか引っかかっているようだ。

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