恋桜~あやかしの闇に囚われて~
 利用されているだけとも知らずに操を捧げ、無邪気に笑んでいた美しい女。貧しい山村でささやかな未来を夢見た、馬鹿な女。

「…………!」

 俺が殺した、女。



 ――おも……だし…………かえ



 濡れ髪の女が口もとだけでひそやかに微笑んだ。



 ――いと……し……ひと…………だん……さま



 あの女は俺のことを『旦那様』と読んだ。
 ミツルの脳裏に、聞いたことなどないはずの可憐な声音がよみがえる。



『旦那様、ありがとう存じまする』

『旦那様が助けてくださらなかったら、わたくしは森の肥やしとなっていたことでしょう』

『これからは旦那様に尽くしてまいりとうございます』

『旦那様……』



 旦那様……だんなさま……。



 ――だん……さま……



 女がようやくミツルの首から手を離し、愛しげにミツルの頬を撫でた。
 ミツルの体は金縛りにあったまま、動かない。

「やめて、くれ……」

 女を愛するのが怖かった。村の者たちに隠し事をしているのが恐ろしくなった。男は村の長の娘との祝言を控えていた。

「たの……む……、ぐっ」

 その刹那。
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