恋桜~あやかしの闇に囚われて~
 ミツルは驚きに目を見開いた。背筋に冷たい震えが走る。



 ざわり、ざわりと。



 強い風が吹き、桜の巨木の枝が揺れた。
 意志を持った怪物のように身をくねらせて桜が震える。



 はらはら、はらはら、はらはら、はらはら。



 桜が吹雪く。
 すべての花弁を落とす勢いで、花が舞った。



 はらはら、はらはら。

 ばらばら、ばらばら。



 さわさわ、さわさわ。

 ざわざわ、ざわざわ。



 ぼとり、ぼとり、ぼとり、ぼとり。



 ミツルの上で。女が、血の涙を流していた。
 壊れた機械のようにひび割れた声が、繰り返し子をねだる。



 ――こ……



 ――こ……が……ほ…………し……い



『……わたくしは……旦那様との子が欲しゅうございます……』

『いつか……旦那様が』

『……わたくしのもとから去っても』

『……旦那様と生きた証が……』

『欲しゅうございます……』



 女は終わりの時を覚悟していた。世の中から隠れて愛を交わす日々は決して続かないと。
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