恋桜~あやかしの闇に囚われて~
 せめてその日々が幻ではなかったと己が身に刻みつけ、その後も続くつらい行路を生きるためのよすがを欲しがっていた。



 ――に……くい



 ――いと……しい



 宝も操も恋も命も、女が持つすべてのものを奪った男への憎悪と、それでも尽きない執念のような愛着が、ミツルの脳内にあふれる。

「……やめろ……たのむ……ゆるして、くれ……」

 怖かった。戯れに囲った女から離れられなくなることが。本来なら目を合わせることさえはばかられるような高貴な女が、自分の腕の中でどんどん美しくなっていく。

 自分は村の長の娘と婚姻を結び、この小さな村を治める次代の長とならなければならないのに、このままでは逃れられなくなってしまう。いわく付きの姫君から。
 運命の女から……。

「すま……ない」

 愛していた。
 俺もおまえを愛していたんだ。

 女は満足そうに唇を歪めた。

 もう何も考えられなかった。
 ミツルの意識が花明かりに霞んで溶ける。



 はらり、はらり。

 はらり、はらり。

 はらり、はらりと。

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