貴方の残り香〜君の香りを狂おしいほど求め、恋しく苦しい〜
「……じゃあこの部屋を使えばいい。好きなだけいてもいいから」
「あのねぇ、こんないい部屋にそんな簡単に泊まれるわけないじゃない。私は庶民なの。あなたも職権濫用し過ぎじゃない?」
真梨子が言うと、譲は楽しそうに笑い出す。
「安心してくれ。ここは俺が仕事で遅くなる時用に押さえてある部屋なんだ」
「あら、そうなの? でも尚更あなたの部屋なら泊まるわけにはいかないわね」
「なら、こういうのはどうだろう? 真梨子と昔話がしたいって思っていたんだ。俺のわがままなおしゃべりの時間と引き換えに、真梨子はこの部屋を使う」
「……それはありがたい提案だけど……」
夫とあんなことがあった後で、この人の優しさに甘えるのはどうなのだろうか。決して良いことではないはず。
「それに、誰かといた方が寂しくないだろ?」
本当にずるい。この人は私が何を求めているのか、理解しているような気がする。
「……おしゃべりなんかでいいの?」
もうここまで口にしてしまえば、彼の手の内に落ちたようなもの。譲はニヤッと笑うと、真梨子の額にキスをする。
「あぁ。旧友と語り合いたい気分なんだ」
「……じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかしら……」
「もちろん」
これからホテルを探すよりは、よく知っているホテルに泊まった方が安心する。それに話すだけ。それ以上の関係を持たなければいい。
「好きに使ってもらって構わないからね。俺は仕事が終わり次第だから、たぶん夜になると思う」
「わかったわ。でも私、十一時前には寝ちゃうから」
「あはは。健康的だなぁ。わかった、それまでには来るようにするよ」
真梨子が微笑むと、譲は安心したように彼女の頭を撫でた。
譲の腕の中で、彼の香りのラストノートを感じる。そう……この匂いだった。私の気持ちを落ち着かせてくれる譲の香り。
ダメだとわかっていても、優しさに飢えていた私は、いつまでもこの手に縋りついていたかった。