君だけに捧ぐアンコール
 夕方からの雨が大降りになってきた。隆文さんは雨の影響で今日は遅くなると連絡があった。
 私は、憧れのKEIと二人きりの空間にドギマギしている。キスのことだってファンサービスのつもりなのか、いやがらせだったのかわからない。どんな会話をすればいいのか分からず、夕食は当然沈黙がほとんどで、とっても気まずかった。
 だが、食事が終わっても加賀宮さんはリビングいる。食器も洗い終わり、明日の仕込みも済んだところで、自室に戻ろうかとした時だった。

「花音」

「はっ!えっ!あっ!ええ?!」

突然加賀宮さんが名前を呼んだ。突然呼び捨てにするので心臓がバッコバコ鳴っている。

「花音」

「は、はい!」

加賀宮さんはこちらを真っすぐ見ている。いつもぼさぼさ頭だけれど、よく見ると整ったお顔しているんだな、と改めて気づく。身長が高いのをいいことに、いままでそんなに顔をまじまじと見ていなかった。でも、この顔どこかで見たような?

「またピアノ、聴く?」

「…え!!いいんですか?嬉しい!」

浮かれていると加賀宮さんは「じゃ、行くぞ。」と言って、私の手を引いた。そして防音室まで連行されている。

(手をつないでいかなくても…いいんじゃ…)
 
 この人は突然どうしてそんなに接触してくるのだろう。キスといい、スキンシップが多い。ヨーロッパに長く住んでいたそうだから、文化が違うのかしら。

 悶々と考えながら歩いていると、気づけば防音室の中にいた。そしてピアノがよく見える席にエスコートされ、「ここで聴いて」と耳元でささやく。

(いろんな意味でドキドキする!)

 そうしてまたピアノを聞いた。会話はほぼないけれど、防音室にふたりきり。今日はショパン。

 贅沢すぎる観客一人きりのコンサートは、その日の夜中までひっそりとつづいた。

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