君だけに捧ぐアンコール
 4月も終わろうとしている週末。私は春乃先輩と居酒屋にいる。
 今日は隆文さんと加賀宮さんも、接待で飲んでくるそうだ。女子と。
なんでも今度の演奏会は若手の実力派演奏家が集結して開催するそうで、その決起会のようだ。若くて、演奏がうまくって、音楽の話がとっても盛り上がる女子と飲み会。たのしそーう。

「はるのせんぱーい」

「花音が酔っぱらうなんて珍しいわねぇ」

 お酒は強いほうだ。酔ったことは数えるほどしかない。でも今日は酔いたい気分なので、早い時間からがんがん飲んでいる。

「せんぱーい。KEIってどう思います?」

「めっちゃイケメン?」

「顔ですか」

 そうか、先輩は近くで見たことあるのか。私は家のぼっさぼさの頭しか見たことないですし、不機嫌そうな顔ばかりですよ。にっこりしたとこなんて見たことないもん。

「性格は暗そうよね。オケと合わせるのも演奏は完璧なくせに全然堂々としてなくって。ぼそっと指揮者と打ち合わせするだけなのよ~」

「へぇ~」

 加賀宮さんっぽいな。言えないけど。春乃先輩には加賀宮さんのことは秘密にしている。なんとなく。

「まぁでも実力世界だから。あんな演奏聴かされたら、オケは死ぬ気でくらいつくけどね」

「春乃先輩かっこいいなぁ。羨ましい。」

プロオケの団員に『あんな演奏』と言われるほどの実力。加賀宮さんはやはり世界が違う人なんだな。いいなぁいいなぁ。私も演奏したい。彼の後ろで、オケで。彼を間近で見たい。

「やればいいじゃん!アマチュアオケとかいろいろあるじゃん!プロじゃなくたって音楽したらいいんだよ。歌うだけだって聴くことだって音楽だけど、弾きたいなら弾けばいいんだよ!」

「でもあいつはピアノだから…」

「え?なに?」

「ううん、なんでもないんです」

 加賀宮さんはピアニスト。実力のある、プロオケでさえも本気を出させてしまうような。私とは住む世界が違う人。

 あの夜から、時々、彼はピアノを聴かせてくれるようになった。
 そして「花音」とたびたび呼ぶのだ。その低めの声が優しく響くから、そのたびにどきどきしてしまう。今だって思い出して、こんなに切なくなるのだ。
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