情熱の続き
宗一郎と桃子と集まった翌日から、里穂と貴広は軽井沢に移動した。
軽井沢では里穂の両親がセカンドライフを営んでいたのだ。

「相変わらず、いい男だね」
「お義父さんにはかないません」

昼間から飲んでいたのかというほど陽気な里穂の父親に笑って絡まれた貴広は堂々としながらも、控えめに笑って頭を下げた。里穂はその様子を見ながら貴広が、自分の父親を‘おとうさん’と呼ぶことの不思議さを感じていた。目の前にいると特に。これが結婚というものなのだ、とも。

「一緒に飲もうと思って取っておいたんだ」

そういって父は日本酒の一升瓶を一本と、シャンパンのような見た目の日本酒…スパークリングタイプの日本酒、それから限定の日本ワイナリーの赤ワインを誇らしげに並べて見せた。どうやら政治家や海外の要人にもふるまわれたという有名なお酒たちらしい。いいものを独り占めすることなく、大切な人と分かち合いたいと思う父は昔と変わらない。そのことが、里穂を安心させる。
お土産にもらったといって取っておいてくれた珍しい食べ物だとか、里穂の分だよと言って分けてくれたお菓子とか、ささやかだけど貴重で、変わって欲しくないこと。

「ごめんなさいね。この人、あなたたちが帰国するって聞いた日からずっと楽しみに待っていたのよ。でも適当にあしらってくれていいから」

里穂の母は料理を並べながら貴広に言う。

「フン、そっちこそ何日も前から大掃除して料理を仕込んでたくせに」

‘この人’と‘そっち’と呼び合う夫婦に笑いつつも、歓迎されていることが里穂も貴弘も嬉しかった。

「仲良くやってるみたいね」

料理を一通り並べ終えたところで、席に着いた母が言った。若い二人の夫婦を見守る、温かいまなざしだった。

「おかげさまで。幸せに暮らしています。」

貴広が少しだけよそ行き顔で頭を下げたところで、里穂も少しだけ微笑んだ。その笑顔が、母親にどのように映ったかは、考えないようにした。

日本への一時帰国は正解だった。こうして家族にも会えたし、久しぶりに髪の毛も切ることができてすっきりしていたし、お土産もたくさん買えた。日本でしか手に入らないものはたくさん手に入れたはずだった。そして何より以前と同じように桃子と宗一郎と四人で集まることができたのだ。

それなのに、何かまだ満たされていないような気持ちが里穂にはあった。
たとえばまだ貴広と結婚する前に、あの小さなきゅうりのピクルスをつまみながらお酒を少しずつ飲んで、夜中、他愛ない話を続けていたことのような、本当にささやかでありながら自分を満たしてくれること。言ってしまえば、宗一郎と話し足りなかったのかもしれない、と里穂は思う。

それは家族と食事をするのと同じように、ささやかで、一見ありふれているようで、とても貴重なことだった。結婚してロンドンで暮らす毎日になってからは特に。

「夫婦仲がいいのが何より。さあ、乾杯しよう」

里穂の父親が言って、四人で乾杯した。里穂はこういうとき、貴広は本当に立派な夫なのだと思う。自分の家族との時間も大切にしてくれて、上手にコミュニケーションをとってくれる。

やがてオーブンから焼きあがりを知らせる音がして、席を立った母の後をついて、里穂も立ち上がった。

「手伝うわ」
「じゃあ、ワインをお願い」

母は笑いながら赤ワインを指さした。肉料理に合う、おいしい国産ワインだった。ダイニングに持って行ってコルクを開けようと、オープナー相手に苦戦していると貴弘が軽々と開けてくれた。貴弘のその男らしさ、頼もしさ。思わず身を寄せたくなるほど。この人に身を寄せていいのだとわかると嬉しくなる。安心する。

「乾杯しよう」

里穂の父の声に「いったい何度目だと思っているの」という母の声が高らかに響いて、一同で笑った。

こんな日がくると、里穂は思わなかった。学生時代から友人だった貴広が、自分の両親とお酒を飲んで、他愛ない話で笑いあうようなこと。
大切な人がいて、自分を大切に想ってくれる人がいて、これ以上何を望むというのだろう。自分の大切な両親と貴広が笑いあう様子を見て、里穂もまた笑みがこぼれる。これ以上に温かい瞬間はないはずだった。

貴広といるときにわずかに感じ心もとない感じは、きっといつかなくなるはずだ。
そんなことを思いながら里穂が新しいグラスを用意して戻ると、両親とお酒を飲みながら大笑いしている貴広の姿が目に入る。大切にしたい、と里穂は思った。
< 19 / 37 >

この作品をシェア

pagetop