イケメン、お届けします。【注】返品不可
「そうとも限らないでしょう? 買う予定もないのに冷やかしなんて……」

「つべこべ言うな」


手を引かれ、強引に店内へ連れ込まれる。

販売員は、オオカミさんの容姿と身なりで「上客」だとひと目で判断したのだろう。
流れるような動作で燦然と輝くダイヤモンドの指輪が並ぶショーケースへの前へと案内した。


「エンゲージリングですとこちらなど、最近はシンプルなものが人気で……」

「このケース内の指輪を全部出してくれ。実際に嵌めた時の様子を確かめたい」


ゼロの数を数えるのも畏れ多い指輪たちを丸ごと出せと言われた販売員は、一瞬あっけにとられたが、すぐに満面の笑みと共に了承する。


「かしこまりました。まず、こちらのデザインは美しいカッティングが特徴で……」


オオカミさんは、立て板に水で語られるオススメポイントに適当な相槌を打ちながら、次々とわたしの指に嵌めては抜き、を繰り返す。

ひと通り確認し終えた彼は、微笑みを絶やさない販売員にむかって思いもよらぬことを口走る。


「ちなみに、エンゲージリングは一つしか贈ってはいけないという決まりがあるんだろうか。どれも似合っていて、この中からたった一つを選ぶのは難しい」


思わず販売員と顔を見合わせてしまったが、さすがプロ。
彼女はにこやかに、素早く解決策を提示した。


「それでしたら、エンゲージリングとは別に、たとえば誕生日やホワイトデー、お二人にとって特別な日など、日をずらしてひとつずつ贈る、というのはいかがでしょう?」

「なるほどな。いい手だ」


彼女の提案に満面の笑みで喜びをあらわにするオオカミさん。

それまで、完璧な営業スマイルを維持していた販売員の頬が桃色に染まり、わたしと目が合うと一気に青ざめた。


(ああ、気にしなくてもいいのに……。こんなイケメンの笑顔を見て、なんとも思わない人の方が少ないんだから。それに、わたしのカレシでも、婚約者でもないし)


「後日、改めて来店させてもらう。どれを選んだかは、彼女には秘密にしておきたいから」


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