さよならの向こうにある世界

 会話の出口は見えないまま、三浦さんのスマホに彼女の親から電話がかかってきたことによって不毛とも思えるやり取りは中断された。帰り際に「次からあの人来たら私にレジ代わってくださいね」と例の極上スマイルを見せて去っていく彼女の背中を見送りながら、「若いっていいなぁ」と呟く。

 夏の気配がするそんな季節の夜、コンビニの駐車場で誰に言う訳でもなく呟いたその一言を誰かが聞いていたなんて思いもしなかった。そしてその一言に反応してくれる人がいたなんて、私はまったく気づいていなかった。

 「ちょうど今のあの子と同じくらいの歳だったかな?」

 その声はすぐ後ろから夜風と共に私の鼓膜を刺激した。どこか懐かしくて、わくわくするような声。だけどちょっと切なくて、悲しくなるような声だった。これは生身の人間の声だろうか。それとも、私にしか聞こえない異世界の人の声だろうか。なかなか振り返られずにいる私に、

 「あの子何歳?」

その声は再び風と共に届いた。ドクドクと音を立てる心臓に手を当てて、「二十歳です」と答えた瞬間、私の中にある何かがその存在を察知した。何が察知したのかは分からないけれど、本当に突然、その存在を私の中で認識した。

 勢いよく振り返ると、そこにあるのは懐かしい笑顔だった。優しく微笑む笑顔が私に、私だけに、向けられていた。最後に会ったときと変わらない私の大好きな笑顔。目にかかりそうな前髪は夜風に揺れて、綺麗な黒髪は店の光で少し茶色がかって見えた。

 「二十歳かぁ——僕たちが生まれ変わった歳だね」

 木嶋碧斗は、夏が近づく夜に突然私の前に現れた。五年前、私より先に移植手術を受けるため彼が渡米して以来の再会だった。この五年間きっとお互いに色んなことがあったと思う。色んな想いを抱えてきたと思う。そして今も、色んな想いを抱えていると思う。

 そんな想いたちを共有したかったのに、彼はもうこの世に存在していなかった。
< 11 / 33 >

この作品をシェア

pagetop