最初で最後の恋をおしえて
紬希は、子どもの頃の苦い記憶が鮮明に蘇った。どこかのホームパーティーだったと思う。同じ年代の子どもたちで遊んでいたときだった。
ある子と、お互いの不注意で肩がぶつかった。紬希が謝るよりも早く、相手の子が大泣きして、泣きじゃくりながら言うのだ。
『ごめんなさい。怒らないで。如月ハウスのお嬢様になにかあったら、パパに叱られる』
ずっとそんな環境で生きてきた。それは逃れられない運命だった。
「知ってるならいいけどな。かわいい子だからって、変な気を起こすなよ。ちょっかいなんかかければ、一瞬でこうだ」
紬希にジェスチャーは見えないけれど、首のところで手を横にずらして笑っている姿が容易に想像できた。
「当たり前ですよ。心得ています」
羽澄の返答が聞こえ、その場にいられなかった。再び踵を返し、給湯室の前だろうとどこを通ってもいいから、早く席に戻りたかった。
本当は逃げ出してしまいたかったけれど、仕事から逃げるなんて紬希には出来なかった。