最初で最後の恋をおしえて
久々の失態。紛らわすようにパソコンに向かったが、心は落ち着かない。
気分転換にと、席を立った。
自販機でコーヒーを買い、席に戻る途中、給湯室の手前で足を止める。
「如月さん、見た? 羽澄さんに真っ赤になっちゃって」
「お嬢様でも、羽澄さんの色気にやられちゃうのね」
失念していた。給湯室も噂話が絶えないというのに。
踵を返し、別の通路から職場に戻る。
クスクス笑う女性社員の声が、耳から離れない。
遠回りをした先には、オープンスペースの休憩室があり、そこからも声が聞こえた。
「如月さんは、どうしてアシスタントのままなんですか?」
羽澄の声だった。
自分の名前が聞こえ、進むに進めない。曲がり角で足を止める。
「今日、仕事で話す機会がありましたが、アシスタントに留まらせておくのは惜しくないですか?」
失態を見せてしまったのに、仕事面で認める発言を聞き、気持ちが高揚する。
「羽澄くん、知らないのか? 如月さんは、如月ハウスのお嬢様だぞ」
広がっていた温かい気持ちが冷たくなっていく。羽澄に知られたくなかったという思いは、次の言葉で粉々に打ち砕かれた。
「知っていますよ。さすがに有名ですし、名字を見れば一目瞭然ですから」
"如月"。紬希には重過ぎる名字が、体全体にのしかかる。