身を引くはずが、敏腕ドクターはママと双子に溢れる愛を注ぎ込む
「十キロも走るんですか? 毎日?」
「毎日は、勤務の関係で難しいけど、走れるときはな」
「すごい……十キロ走るとか、私には未知の世界です」
子どもの頃から長距離走は苦手で、持久走やマラソンの授業は大の苦手だった。
そんな私にとっては一キロ以上走ることは苦痛でしかない。
だから、好きで十キロも走るという水瀬先生はすごすぎる。
「そうか。でも、俺も絵を描くことは未知の世界だけどな」
「そうなんですか? ただ見て描いてるだけですよ」
「そう言うなら、俺だってただ走ってるだけってことだけど」
「あ、そっか……」
顔を見合わせ、ふたりしてクスッと笑う。
気が付けば肩の力は抜け、自然な会話をすることができていた。
水瀬先生がこんな風に話してくれると思わなかったし、こんな風な柔らかい表情を見せてくれるとも思っていなかった。
今日こうして食事をする機会がなければ、この先ずっと知ることもなかったに違いない。
美味しい料理に舌鼓を打ち、他愛ない会話のキャッチボールをしながら、そんなことをぼんやりと思っていた。