どうにもこうにも~恋人編~
「別にわざわざ家まで持ってこなくても会社で良かっただろう」

「あわよくば、なんて思ってたけど、もうそんな隙なかったのよ」

「どういう意味だ?」

「もうどうでもいいことだわ」

 彼女はふっと笑って続けた。

「ねえ、ひとつだけ教えてほしいの。あの頃、私のこと愛してくれてた?」

「自分から離れていったくせに、君はずるい人だね。愛していたよ。世界で一番愛する女性だった」

「そう。それだけ聞きたかったの。最後までずるい女でごめんね」

 彼女は目を潤ませ、振り絞るように紡ぎ出す言葉の語尾は震えていた。

「これで最後にするから、許してね」

 彼女の唇が俺の唇に重なった。唐突なことに一瞬思考が止まる。

「あの若い彼女さんと幸せになって」

 唇を離したあと、彼女は俺の唇を拭うように親指でなぞった。

「ああ。君も」

 ほとんど口が利けないまま、わずかに唇に残った彼女のグロスを手の甲で拭った。

去って行く彼女の背中をただ見つめることしかできなかった。


これが彼女との本当の別れなのだと悟った。
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