a piece of cake〜君に恋をするのは何より簡単なこと〜

「お、お前には関係ないだろ⁈ とっとと何処かに行けよ!」

 貴弘が周吾に殴りかかろうとした瞬間、那津は顔を上げて大きな声を上げた。

「助けてください! もう別れているのに、この人しつこいんです!」
「な、何言ってんだよ!」
「もう私は話すことはないから放っておいてよ!」
「なっ……お、お前だって浮気してるんだろ? 佐藤さんから聞いたよ……だから俺だって仕返ししたんじゃないか! これでおあいこだろ?」

 那津は眉根を寄せ、開いた口が塞がらなくなる。

「……貴弘、何言ってるの? 私は浮気なんかしてないよ……佐藤さんが何を言ったか知らないけど、どうして直接私に聞かないの?」
「そ、それは……」

 口籠る貴弘の様子に、那津はため息をついた。私の浮気を疑って疑心暗鬼になったのだろうか。でも信用されてなかった上、違う女と寝るなんて……それも私の不貞疑惑を囁いた女と。この人はそれが私への最大の裏切り行為だということに気付いていないのだろうか。

「もう無理……貴弘を好きだった気持ち、忘れちゃった……」

 貴弘に背を向けた那津の頭に、周吾はそっと手を載せた。

「彼女はこう言ってますので……もしこれ以上続けるようなら警察を呼ぶ事になりますが良いですか?」

 警察という言葉を聞いて怯んだのか、貴弘は体をビクッと震わせる。

「……わかりました。帰りますよ」

 それから舌打ちをすると、駅に向かって歩き始めた。那津は海を見つめたまま、振り返ろうとはしなかった。
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