a piece of cake〜君に恋をするのは何より簡単なこと〜
 仕事の問い合わせかもしれない……だって彼女は同僚だし、班は違っても携わっていることは被ることが多い。

 躊躇いながらロックを解除し、彼女からのメッセージに目を通す。

『どうしても梶原さんに確認したいことがあるので、お会い出来ませんか? 今いらっしゃる場所のことを北山さんに聞きました。実は駅のそばまで来ています。』

 ゾッとした。ここまで来てる? 確認だけなら電話でだって出来る。文書ならメールでもいい。わざわざ会いに来る理由を考えるなら……彼のことだろうか。

 もう私は別れた。彼と付き合いたいのならそうすればいいじゃない。もう関係ない……。

 そこまで考えてハッとする。貴弘に嘘を伝え、体の関係まで持った。そしてわざわざここまで私に会いに来たということは……もしかして狙いは私だった?

 私にだけわかる匂わせ行為……そう考えれば、全てのことに納得がいく。

 那津は深呼吸をしてから、画面をキッと睨みつける。そうか。裏切られて打ちひしがれた私を拝みに来たというわけね。

 海岸だとわかりにくいと思い、那津は昨日出かけた漁港を指定した。あそこなら駅前の地図にも書いてあったはず。するとすぐに返事は返ってくる。

 大丈夫。私は平気。どん底まで落ちたけど、周吾くんのおかげでちゃんと戻ってくることが出来た。

 怒りはある。でも悔しいとか悲しいとか、そういう感情を伝えたいわけじゃない。どういう気持ちでやったことなのかを確認したかった。

 那津は部屋の鍵を握りしめると、カバンを持って漁港へ向かう。
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