a piece of cake〜君に恋をするのは何より簡単なこと〜
* * * *

 屋外で用具の点検作業をしていた周吾の元に、先輩消防士である殿山(とのやま)がニヤッと笑いながら近付いてくる。その気配を感じ、なんとなく顔を背けた。

「周吾〜! 絢斗から聞いたぞ。最初女の子を追いかけ回してるんだって〜?」

 あいつめ……もう喋ったのか。昔から殿山さんの言いなりだからな。

「も、もしかしてもう……!」
「殿山さん、仕事中ですよ」
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃないか。『もう恋なんてしない』と言い張ってたお前に、ようやく春が訪れたのかと思って胸がホクホクしてたんだぞ」

 昔から顔馴染みばかりの小さな町だし、恋愛事情は筒抜けだった。もちろん殿山さんの元カノも知ってるし、彼の奥さんの元カレだって知ってる。

 だから俺が彼女にフラれた時は、仲間たちが集まって激励会をしてくれた。そのこともあって地元で恋愛する気も起きず、仕事に打ち込んできたのだ。

 またフラれたり別れたりしたら、この町を離れたくなってしまうかもしれない。

 別に恋がしたかったわけじゃない。あの日那津さんに声をかけたのだって、憔悴しきった彼女の姿を見て、いつかの自分と被って放っておけなかっただけ。

 ただ那津さんが好みのタイプだったのは誤算だった。あっという間にのめり込んでしまったんだ。

 だから焦った。一週間しかない上、彼女は裏切られて傷付いていたから、簡単には心を開いてくれないだろうと思っていた。

 それにしても元カレが最低な奴過ぎて、那津さんの男の趣味を疑ったけど。あいつよりは俺の方が良い男に違いない。

 ようやく那津さんと心も体も繋がったって思ってるけど、彼女がどう思っているかはわからなかった。

 彼女にとっては一週間だけの関係なのかな……でも出来ることならこのまま終わらせたくはない。
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