a piece of cake〜君に恋をするのは何より簡単なこと〜
* * * *

「那津さん!」

 周吾は衝動のまま勢いよく海に飛び込んだ。

 ここはまずい。船が多いし、水質も良くない。姿を見失ったらお終いだ。ましてや何の装備もしていないのだから、長時間は耐えられない。

 もがく那津の姿を確認すると、すぐに手を伸ばして彼女を引き寄せ地上に上がる。

 顔を出した瞬間、水を飲み込んでしまった那津が大きく咳き込んだ。

「那津さん!」

 咳き込みながらも、那津は何度も頷く。それから周吾に必死にしがみつく。

「周吾くん……怖かった……! もう死ぬかと思った……」

 周吾は那津を強く抱きしめ、背中を撫でる。

「大丈夫か⁈ 今救助隊が来るから待ってろ!」

 仲間たちの声が聞こえたが、周吾は海に浮かびながら理奈を睨みつける。彼女は怯んだようにその場から逃げ出した。

「誰かその女を!」
「周吾くん……!」

 周吾の腕の中で那津が首を横に振ったので、周吾は仕方なく黙った。

「……本当は許すべきじゃないんだよ……俺だって怒ってるんだから……」
「うん……ごめんなさい……」

 いくつものサイレンの音が響く。周吾の腕の中でホッとしたのか、那津は意識が遠くなるのを感じた。
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