モブになりたい悪役令嬢、本命の王子様からご指名入ります♡
 傍近くまでやって来た彼らは、はあはあと肩を揺らして大きく荒い息をついた。その場に座り込み驚いていたオフィーリアを二人は真面目な表情で見下ろした。

「……ブライアント公爵令嬢。この神殿は、王族以外は、立ち入り禁止なんだ。知らなかったの……?」

 彼の年齢には決して似合わない威厳を持った落ち着いた声で、まだ幼いアンドリューはオフィーリアに向けて言った。だから、ここでは自分以外の誰も姿を見かけなかったのかとオフィーリアは瞠目した。

「ごっ……ごめんなさいっ……どうか、お許しください。私、知らなくてっ……ごめんなさいっ……」

 何も知らないとは言え、とんでもないことになってしまったと、じわっと目尻から涙が溢れそうになっているオフィーリアを見て二人は目を合わせた。

 アンドリューは大きく息を吐いて、弟のエリオットに意味ありげに目配せをした。

「……知らなかったことは、もう仕方がないよ。僕ら二人が黙っていれば、問題にはならない……泣かないで」

 そう言って、アンドリューは片手を伸ばしたので、誘われるままにオフィーリアは彼の手を取った。その手が柔らかくて温かいと思う間もなく、強い力で引っ張られ、なぜかオフィーリアは唇に何かが当たったと感じた。

 ただそれだけの、一瞬の出来事だった。

「あーあ。兄様。どうするの。兄様の婚約者、さっき決まったばっかりなのに」

 小さな舌でぺろりと唇を舐めたアンドリューの後ろから、彼を揶揄うようなエリオットの声が聞こえた。オフィーリアは、今のは何だったのかと何度も目を瞬かせた。

 心の奥底まで覗き込むようなアンドリューの青い瞳は、すぐ傍にある。

「仕方ないだろ。この子。泣き顔が信じられないくらいに、可愛かったし……ねえ。ブライアント公爵令嬢……いや、オフィーリア。意味は、わかってるよね?」

 天使のような笑顔でアンドリューはそう耳元で言い聞かせるように囁いたので、オフィーリアは何度も何度も頷いた。

(これってこれって……自分には、決まったばかりの婚約者がもう既に居るから。ここで、私にキスしたことは絶対に言うなって、そういう口止めよね? 良かった! もう私が悪役令嬢になるフラグは、完全に折られたわ!)

 破滅に向かうしかない悪役令嬢役になることを免れた事実を実感したオフィーリアは、両手を組んで神に感謝を捧げたい気持ちでいっぱいだった。

「……父様に、なんて言うのさ」

 何故か兄の言葉に呆れ顔のエリオットは、何かを思案しているようなアンドリューと喜びに顔を輝かせているオフィーリアの二人を見比べている。

「彼女ならば、文句は言わないだろう」

(文句なんか! 言いません! 絶対に、言いません!)

 そして、オフィーリアが歩き過ぎて足を痛めていることを知った二人の紳士に交代で背負われて、彼女は王族にしか入れないという巨大な神殿を後にすることが出来た。
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