魅了たれ流しの聖女は、ワンコな従者と添い遂げたい。
*−*−*


 カイルは私の顔を舐めたあと、頭をなでていたら、こてんと寝てしまった。

(きゃあぁぁーーーっ、カイルとキスしちゃったぁ!!!)

 カイルはそんなこと思っていないだろうけど。
 ぺろっと舐められた唇をそっと押さえる。
 自分のことは顧みず、いつも全力で守ってくれるカイル。
 仕事だもんね。
 それにカイルは私が拾ったことを恩義に感じていて、私に忠誠を誓ってくれている。
 私が望んでいるのは主従の関係じゃないんだけど。

(カイル、すき……)

 きっとカイルは私のこんな気持ちを聞いたら困惑するわ。
 言えない言葉の代わりに、彼を起こさないようにそっとその背中をなでた。

 それにしても、カイルは寝れば治ると言っていたけど、本当かしら?
 あんなに蹴られていたのに。

 思い出すと震えが止まらない。

(怖かった……)

 もともとお父様はカッとしやすい方だけど、あんなふうに暴力をふるうことはなかった。
 なにより目つきがおかしかった。

(どうしちゃったの、お父様?)

 それに王太子殿下がエブリア様と婚約破棄されるって本当かしら?
 私が結婚相手だなんて、そんなことってある?
 たかが男爵令嬢が公爵令嬢を押しのけて?
 ありえないわ。

 『聖女の水』のこともある。
 お父様にこれ以上、詐欺行為をしてほしくない。
 どうしたら止められるかしら?
 私があれは偽物だって言えばいいかしら?

 エブリア様とお話ししたいわ。
 どうにか連絡は取らなくっちゃ!
 
 
 そう思った翌日、授業を受けていたら、窓から葉っぱがひらりと入ってきて、机の上に落ちた。
 めずらしいと思って見ていると、葉っぱだったものは、瞬く間に白い紙に姿を変えた。
 
『今夜八時、西塔で エブリア』

 エブリア様からの手紙だ!
 人目につかないルートも図示されている。
 確かに、学校よりも王宮の方が監視が緩い。部屋の窓から出れば、気づかれないかも。
 最近、戸口には見張りが常にいた。

 王太子殿下とエブリア様、エブリア様と私を引き離そうとしている存在がいるような気がする。
 でも、なぜ?
 私たちが魅了や呪いを解いたのを気づいたから?

 王宮内も、来た当初ののんびりとした雰囲気とは変わって、貴族同士の諍いの声が聞こえたり、逆にぼんやりしているような人が増えたり、不穏な空気が漂っている。

 今朝も私を疫病の浄化に派遣した方がいいと陛下に進言する貴族と王家の守りとして留めておきべきと言う貴族が争い、侍従に耳打ちされた陛下はうつろな瞳で「その必要はない」と場を収められた。
 そんな状況に、処罰を覚悟し、浄化して回りたいという思いに駆られた。せめて陛下だけでも浄化できたら、事態は打開しないかしら?
 でも、王太子殿下の例もあるので、操っている人をどうにかしないと元の木阿弥になってしまうかも。

 今夜エブリア様に相談できる。わざわざ私を呼び出すということは、エブリア様の方でもなにかあったのだわ。
 丁寧に手紙をたたんでしまうと、私はドキドキしながら夜を待った。


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