華夏の煌き
 妻の義母が西国人だというのは面倒なので適当にごまかしておいた。

「ご注文は?」
「咖哩飯を頼む」
「飲み物は?」
「あの、紅茶に乳と香辛料をいれたやつを」
「チャイね」
「じゃとりあえずそれで」

 女が厨房に入っていくと後輩の兵士が感心している。

「兄貴は慣れてますねえ! ほんとはよく遊びに来てたんじゃないんすか?」
「たまたま知ってただけさ」

 明樹は星羅が作ってくれていた咖哩と茶乳を思い出していた。彼女が言うには咖哩は作る人によって味が違うらしい。きっと星羅の作る咖哩が一番だろうと思い、雑談をして待っていた。後輩の兵士は、まだ任期が残っているらしい。

 また別の女が咖哩を運んでやってきた。同じ女人かと思ったが衣装の色が違う。西国人から見た華夏国民はみんな同じようなのっぺりした顔に見えるというが、逆もまた然りで、西国人の彫の深い顔立ちは同じように見える。

「どうぞ」

 咖哩とチャイをテーブルに置き、女も席に着く。

「何か?」

 明樹が尋ねると「兄貴、ここはそういうところなんで」と後輩の兵士が嬉しそうに言う。

「じゃ、そっちに座ってくれ」

 女に後輩の隣に座るように促した。女は黙って言われたとおりにし、笑顔を振りまき後輩の肩に腕を乗せる。にやけている彼を横目に明樹は咖哩を頬張る。

「なかなかうまいな。ちょっと星羅のより辛いか」

 辛くなってきたので茶乳を一口飲むと口の中に甘みが広がった。皿を半分ほど空にした時、明樹の感覚と記憶は飛んでいた。

「あれ? 俺は店にいたはずでは?」

 いつものように狭苦しい寝台で目が覚めた。

「いつ帰ってきたんだ」

 身体を探るが何も異変はない。上着はいつものところに掛けてある。金をとられた様子もない。

「おかしいな」

 変だとは思うが、何も変化のないいつもの朝だ。もうしばらくすれば都に戻るということで明樹も深く追及しなかった。しかし彼は今日も後輩に誘われ、咖哩を食べに『美麻那』に行くだろう。


86 行方不明

 もうじき夫が帰ってくると星羅は、国難のさなか明るい気持ちでいた。陸家でも、珍しく絹枝が溌溂としている。

「やっと帰ってくるのね。徳樹も貴晶もすっかり大きくなったわね」
「貴晶さんは徳樹を弟のようにかわいがってくれますね。寝かしつけも上手で」
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