華夏の煌き
「ええ。今きっと一緒になって眠りこけてると思うわ」

 亡き陸慶明の側室、春衣が生んだ貴晶は5歳になっている。貴晶には春衣のことを話してはおらず、絹枝が実母として彼を養育している。
 家事も育児も不得意な絹枝は、明樹の育児にはほとんど乳母に任せたようだが貴晶のことは自分で面倒を見ているようだ。

「貴晶はほんとうに利口な子でね。利発な春衣によく似ているわ」
「お義父上にも似てますし、お義母上の養育もいいんだと思います」
「そう? だといいわねえ」

 絹枝は教師として多くの女学生を導いてきたおかげか、実の子でない貴晶を疎んじることなく、その才を認め育てている。

「あの、こんなこと聞くとちょっとどうかと思うけど……」
「なんでしょうか」
「星羅さんは、実のお母さまが恋しくはないのかしら?」
「うーん。恋しいとは思ったことがないです。京湖かあさまがいてくれたから」
「そうなのね。いえね。いつかは貴晶に母親のことを話さねばと思うんだけど、知ったら私のことを嫌になったりするかしらね。ほら、実の母親じゃないくせに母親面するなとか……」 

 絹枝はこれからの貴晶との母子関係を心配しているようだ。

「大丈夫ですよ。わたしは京湖かあさまを心から母だと思っています。晶鈴かあさまも勿論母だと思ってますけど。そういえば子供のころに兄が、星羅にはかあさまが二人いるねって言ってくれました」
「なるほどねえ」

 複雑な生い立ちの星羅の想いにしみじみと絹枝は感じ入っていた。

「ありがとう、星羅さん。私はできることを貴晶にするわ」

 晴れやかな笑顔を絹枝は見せた。池のほとりの東屋で、久しぶりにゆっくり過ごす二人のもとへ、慌てた様子でバタバタと若い兵士がやってくる。
「夫人!」

 息が上がっている兵士にとりあえず水を飲ませ、星羅は一体何があったのかと尋ねる。

「こ、こちらに竹簡が」

 胸元から竹簡をとりだし、星羅に渡す。兵士が呼吸を整えている間、星羅と絹枝は竹簡に目を通す。

「はあぁっ」

 内容を確認してしゃがみ込んだ絹枝を星羅は支えた。星羅も倒れてしまいたいぐらいだった。中には明樹が3日前に行方不明になったと書いてある。赴任先まで早馬を飛ばしても10日はかかる。つまり明樹がいなくなってもう2週間になるのだ。
 落ち着いた兵士は口をぬぐいながら説明する。

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