華夏の煌き
 男は外国人だろう。ハンチング帽の下から金髪が出ていて目が薄いブルーだ。女性のほうはベレー帽をかぶり黒いショートボブの髪が見える。

「ご旅行ですか?」

 気の良さそうな若い男は綺麗な発音で訪ねてくる。夫婦は立ち上がり挨拶をしてから答える。

「ええ、幻の女軍師の墓がここにあると古書で見つけましてね」
「幻の女軍師ですかあ」
「あなたたちもご旅行ですか? ここにはその伝説くらいで何もないですけどね」
「僕たちは、とくにあてのない旅行なのでふらっと立ち寄っただけなのですよ」
「いいですね。私たちはやっと旅行ができました」

 夫が妻を顔を見ると、妻は優しく笑んで頷いた。

「仲がいいんですのね」

 若い女が、老夫婦の手がしっかり握られていることに気付く。

「あら、恥ずかしい。あの、なぜかついつい握ってしまうんです。彼の左手ばかり」

 妻は頬を染め少しだけ手の力を緩めた。若い女は笑んで「お探しの場所はあのあたりだと思いますわ」と大きな木の影を指さす。

「え?」
「さっきふらふら歩いているときに見つけましたの。小さな石板のようなものがありますわよ」
「そうなんですか。ありがとうございます!」
「じゃあ見てこよう」

 老夫婦は嬉しそうにまた手を握る。

「では僕たちはこれで。よい旅を」
「ありがとうございます。お二人もお元気で」

 それぞれ手を振って別れた。老夫婦は木の下に行き、少し埋もれている平たい岩を見つける。手でそっと土を払っていくと彫られた文字が見えた。『郭蒼樹 朱星羅』

「まあ! ここがそうなのね」
「良かったな。見つかって」
「やはり女性だったのよ」
「正史では男名で性別が書かれていなかったが、この野史の通りだったな」

 夫は古びた本を見て感心している。

「初めての旅行なのに付き合わせてしまってごめんなさいね」
「いいんだ。君の行きたいところへ行こう」
「ありがとう」

 老夫婦はしばらく墓のそばで悠久の時を偲び続けた。   
   


 男は女に「もういいのか?」と尋ねる。

「ええ、二人とも幸せそうだわ」
「彼は怪我がもとで長く生きることはできなかったんだよね」
「彼女だけが長く長く孤独の中を生きたわ」
「今回は結ばれるのが相当遅かったようだが」
「だからこの場所に、二人の長く過ごした時間を感じにやってきたのよ」
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